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ペルセポリスと鏡張りの万華鏡聖廟

朝7時にシラーズに到着。
宿に荷物を置いて、ペルセポリスへ向かう。
タクシーでバスターミナルへ向かい、バスで拠点の町まで行き、そこからタクシーで遺跡へ。

ペルセポリス

ペルセポリスは、アケメネス朝ペルシャの王宮として紀元前518年に築かた。
紀元前330年にアレクサンドロス大王が率いるマケドニア軍によって焼き払われたが、
遺跡の一部が残っている。

ペルセポリスのレリーフ

旅人からのこの遺跡の評判はあまりよくなかったけど、行ってみるとなかなか面白かった。
レリーフには、王に謁見するためにやって来た様々な民族の姿が刻まれており、
民族ごとに顔つきや服装や持ち物などの特徴が違うのが面白い。

ペルセポリス

広大な敷地を1時間半くらい見学すると、暑くて干からびそうになった。
再びタクシー、バスを乗り継いでバスターミナルへ戻る。

昼食後、歩いて近くのアリー・エブネハムゼ聖廟へ。
聖廟に入る前に地下に呼ばれたので、
男女別の入り口から中に入ると、多くの人が男女別に座っていた。
説教とお祈りの時間だったのかもしれない。
なぜか配られていたお菓子と飲み物の施しを頂いてしまった。

アリー・エブネハムゼ聖廟

聖廟内に入ってびっくり。
全面鏡のモザイク張りだったのだ。

アリー・エブネハムゼ聖廟内部

まるで万華鏡の中に迷い込んだような感覚になる不思議な空間の下、
人々が熱心に祈りを捧げていた。

キラキラしているのに、なぜか安心する。
「いつまでも、いつまでもここにいたい」そう思わせるような、
何か温かいものに包み込まれているような気持ちになる空間だった。

ヴァキール・バザール

次に目指すモスクに近いヴァキール・バザールを通ると、すごい人混み。
買い物熱の中にまぎれて歩くのも悪くない。

マスジェデ・バキール・モスク

マスジェデ・ヴァキール・モスクへ。

マスジェデ・バキール・モスク

モザイクタイルがピンクや黄色の色使いの花模様でメルヘンチック。

次にシーラーズの聖であるシャー・チェラーグ廟へ。
ここも全面鏡張りで、規模はアリー・エブネハムゼ聖廟よりも大きいらしいのだけど、
異教徒は立ち入り禁止、敷地内は撮影禁止だった。
残念だけど、エブネハムゼ聖廟で万華鏡の空間をかなり堪能できたので満足だ。

ありさ

*2011年9月29日の旅日記です。
4年掛けて旅の日記を仕上げていきます。もうしばらくお付き合いを!

アルメニア人が住むジョルファー地区へ

アルメニア人が多く住むジョルファー地区へ。
かつてサファビー朝の全盛期、当時の王が新しい都としてエスファハンを建設するにあたって、
優れた職人や商人をアルメニアのジョルファー地区から連れてきたそうで、
その人々はキリスト教信仰が許され、教会建設も認められたそうだ。
現在も多くのアルメニアのが住むそうだが、地区内は閑静で人通りが少なかった。

ヴァーンク教会

ヴァーンク教会を訪れる。
教会なのに、天井はドーム型で外見はモスクのよう。
てっぺんの小さな十字架が、やっとキリスト教会であることを示している。

ヴァーンク教会

教会内部は撮影禁止なので、写真は入口のもの。
内部の壁面は、一面にカラフルな宗教画が描かれており、圧巻だった。

ライトアップされたエマーム広場

エマーム広場まで戻り、チャイハネへ。
エマーム広場は、暗くなるとライトアップされる。
結構夜遅くまで家族連れや若い人々が寛いでいて、平和な雰囲気。

夜、夜行バスでシーラーズへ向かう。

ありさ

*2011年9月28日の旅日記です。
4年掛けて旅の日記を仕上げていきます。もうしばらくお付き合いを!

エスファハーンでモスク巡り

エマーム広場

かつてエスファハーンは「ここには世界の半分がある」と言われるほど栄えた時代があり、
その象徴がコーランに記された楽園をお手本として造られたというエマーム広場。
広大な敷地の中央には噴水が水を湛え、周りを豪華なモスクや宮殿が囲む。
夜はライトアップされ、市民の憩いの場となっている。
そのエマーム広場にを起点に、今日はエスファハーン観光を。

まずはアーリー・ガープー宮殿へ向かう。
この宮殿は、イラン最古の高層建築で7階建て。

音楽堂

最上階は音楽堂になつており、
余分な音を吸収するように天井がハチの巣状に設計されていて圧巻。

マスジェデ・エマームモスク

エマーム広場に戻り、広場に面して建てられたマスジェデ・エマームモスクへ。

エマームモスク入口

工事中ではあったけど入り口から、青を基調としたタイル装飾が息を呑む美しさ。
このモスクが「イラン建築の最高傑作」と呼ばれることに早くも納得してしまう。
礼拝堂の天井は、ドーム状になっており、中央で手を叩くとドーム全体に音が響く。

エスファハーンのバザール

ゲイサリーイェ市場を通って、マスジェデ・ジャーメへ向かう。
市場の商品を見るのも楽しい。
この市場は、モスクや宮殿近くはイランの伝統工芸品である
貝殻の彫刻、木彫り、真鍮や絨毯屋が並ぶけど、
広場から遠ざかるにつれ日用品や食品の店になり、人も少なくなる。

マスジェデ・ジャーメの回廊

マスジェデ・ジャーメは灰色の回廊が特徴的で落ち着いた色彩のモスク。

マスジェデ・ジャーメ

ジャーメは金曜という意味だそうで、金曜モスクという名前の通り、
礼拝日の金曜は人で溢れるのだろう。
見学できる場所は限られているけど、敷地は2万平方メートルもあるらしく、
イランでも最大規模のモスクだそうだ。

チャイハネにて

少し休憩しようと、チャイハネへ。
ガイドブックに載っていたアーザーガーデンという有名なチャイハネに入ると、
天井が低く洞窟のような趣きの店内はお客さんで満席だった。
殆ど男性客だけど、意外にも若い女性の姿もちらほら。

イランの女性 チャイハネにて

せっかくなので、ゆーやんは水タバコを頼み、
私は甘いスイーツを楽しんでいると、母娘で座っていた娘さんが話しかけてきた。
美しい娘さんで、上品なお化粧をしていて、なんだかドキドキしてしまった。

イランに来る前は、全身の肌覆い、外出もままならないイランの女性は近寄りがたい印象があったけど、
イランに来てから、女性達から受ける視線は全く嫌なものではなく、
外国人に対するただ純粋な興味を感じる。
外観は秘めた謎に包まれた存在に見えるイラン女性も、
家ではきっと、明るくおしゃべりな普通の女性なんだろう。

マスジェデ・シェイフ・ロトフォッラーモスク

観光の最後は、エマーム広場に隣接して建てられたシェイフロトフォッラーモスクへ。
ここは王様専用のモスクだったそうで、とにかく豪華。

マスジェデ・シェイフ・ロトフォッラーモスクの天井

今日一日イスラム建築を巡り、改めてその美しさに圧倒された。
計算されつくした幾何学模様の全体像の美しさと、
それを実現するための緻密で精巧な工程は想像を絶する。
モスクのドームを見上げると、満天の星空を見上げているようで、吸い込まれそうになる。
神との対話のための空間を、圧倒的な美で溢れさせる信仰心に打ちのめされる一日だった。

ありさ

*2011年9月27日の旅日記です。
4年掛けて旅の日記を仕上げていきます。もうしばらくお付き合いを!

エスファハーンぶらぶら

テヘランから高速バスでエスファハーンへ。
9時発6時間、道中ぐっすり。

宿に荷物を置いて、少し街を歩いてみる。
きちんとした地方都市の印象。
テヘランより全身黒のチャドルを着た女性を多く見かける。

アイス屋さん

軽食屋さんでアイスがあったのでもちろんオーダー。
コーンの部分が花びらのような形になつている。
うまうま〜。

スィー・オ・セ橋

人々の憩いの場となっているというスィー・オ・セ橋を見に行く。
車と人が別に通れるようになっており、人が通る部分の両端はアーチが美しい。
川は干上がっていて水がなかったけれど、
川沿いには橋を眺めながら食べられるカフェもあって、地元の人々が寛いでいた。

イラン料理 ケバブ

夜ご飯は宿近くのレストランでケバブを食べる。
イランに入ってから、あまりおいしいご飯に出会っていない。
あまり料理されていない、素材そのものを焼いて少し調味料を足した薄味のものが多い気がする。
イラン人はもともと遊牧民だったため、
移動しながらさっと作れるシンプルな料理しか発展しなかったという説もある。
ご飯がそこそこなのを言い訳に、
イランでは至る所でアイスやシュークリームに手を染めてニヤつくのだった。

ありさ

*2011年9月26日の旅日記です。
4年掛けて旅の日記を仕上げていきます。もうしばらくお付き合いを!

トルクメニスタンビザ申請と宝石博物館

朝8時過ぎに宿を出て、次の訪問予定国トルクメ二スタンの大使館へ。
5日間のトランジットビザをテヘランで申請し、
1週間後マシュハドで受け取る予定。

パスポートの顔写真ページと、トルクメニスタン出国後の訪問予定国
ウズベキスタンのビザページの「カラーコピー」を提出。
トルクメニスタンの出国場所をここで申請する必要があり、
別の場所から出国しようとするとかなりもめるらしい。
たった5日間のためにビザまで取って面倒だけど、
独裁国家がはたしてどんな国なのか、今までにない高揚感がある。

イラン アメリカ領事館前

テヘランの街は車とバイクと人ごみですごい活気。
帰り道に旧アメリカ大使館前へ行ってみる。
警備員がいて、さすがに緊張した。
壁には、ドクロの自由の女神や拳銃など、アメリカを非難する絵(落書き)が描かれていた。
今のイランの若い人々の反米感情ってどんな感じなんだろう。

その後、宝石に目がない私だけ宝石博物館へ。
外で待っていたゆーやんはやたらと声をかけられていたらしい。
館内では、何千個もの宝石がちりばめられた孔雀の王座、王冠、純金の地球儀などを見て目がチカチカ。
革命前に王家が所有していた宝石だそうだけど、
あまりの豪華さについていけない世界だった。

夜は、他の旅人達と近くのレストランでご飯。
深夜にはアルゼンチン以来となるたかしくんと嬉しい再会。

それにしても、宿の共同シャワーやトイレに行くにもホッカムリをしなければいけないのがなんとも面倒だ。
毎日やってたら慣れるだろうと思っていたけど、全然慣れない。
なんで女性だけ?と思いながらイヤイヤ巻いているからだろう。

そう言えば、イスラム圏なのにアザーンが聞こえない気がするはなぜだろう。

ありさ

*2011年9月25日の旅日記です。
2011年のビザ情報です。最新情報をご確認ください。
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