FC2ブログ

DiaryTOP > [26カ国目 ポーランド]クラクフ > その状況下に生まれた責任 ~ アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を訪れて2

その状況下に生まれた責任 ~ アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を訪れて2

ビルケナウ 鉄道の引込み線が伸びる

アウシュビッツ強制収容所の見学後、約3km離れた場所にある
ビルケナウ強制収容所(アウシュビッツ強制収容所2号)に移動した。
バスを降りて収容所の前に立ってみると、アウシュビッツ強制収容所よりもより閑散とした陰気な雰囲気に足がすくむ。
アウシュビッツ強制収容所は、花や木が植えられ、収容施設も土台のしっかりした建物で、
洋式トイレもあって、外観を見る限り普通のビルのような感じにさえ見える。
これはホロコーストの事実を隠し、対外的に一般的な囚人の収容所に見えるように取り繕っていたためだそう。

ビルケナウ 有刺鉄線ごしに望む

ビルケナウの方はアクセスしにくい郊外にあるため、取り繕う必要がなかったのだろう。
収容施設は湿地に床なしで建てられた粗末な造りのバラックで、トイレもセメントに穴をくりぬいただけのもの。
隙間風がふきさむバラックは冬は凍えるほど寒く、不衛生な環境下でネズミが大量発生してそこら中を徘徊していたそうだ。
木が殆ど生えていない広大な土地に何棟ものバラック跡だけが残る様は不気味だ。
数え切れない程の人が生活していた場所なのに、全体的にお墓のような空気が漂っていて、
長くそこに留まることを身体全体が拒否していた。

ビルケナウ 壊されたガス室

ビルケナウの敷地の南北には、鉄道が引かれている。
鉄道は奥の方で切れていて、その終点の両側にはガス室跡が残っている(終戦間際に証拠隠滅のため爆破された)。
鉄道でビルケナウへ送り込まれてきた人々は、ナチスによって騙されていたため、
大量殺戮工場へ向かっているとは考えていなかった。
ナチスによって実際は存在しない農地、工場、住宅などを購入させられ、
よりよい場所へ移住するだけと信じて、一番貴重な財産を手に、遠い道のりを缶詰状態の列車に揺られて来たという。
使い捨ての労働力があるとされた人々はバラックに収容されたが、殆どの人は到着早々そのままガス室に送られた。
ガス室に並ぶ段階でさえ「シャワーを浴びる」と嘘をつかれていたため、
ガス室に並ぶ人々が映された写真を見てみると人々は落ち着いた表情をしている。

戦争が佳境に入り、ガス室での殺戮が間に合わなくなると、人々は野焼きされるようにもなったそうだ。
ガス室にガスを入れるのも、野焼きするために火をつけるのも、死体を処理するのも、
ナチスは実際には手を下さず、すべて収容されていた人々が行わされていた。
そして、死に携わる行為をさせられていた人々は、証拠隠滅のために定期的に殺された。

数少ない親衛隊員が、収容されていた多数の人々をコントロールできたのは、
計算されつくした管理システムがあったからだ。
親衛隊員に協力した人には特別な部屋、食事、仕事、物品などが与えられ、
逆に少しでも反抗したとみなされた人は何時間にも及ぶ点呼や鞭打ちや過重労働などの懲罰が待っていた。
このような環境下では同胞同士の裏切りは日常茶飯事で、
終戦後まで生き残って出所できた人も、人を信じきれないという心の病を抱えることになったそうだ。

アウシュビッツに来るまで私は、この場所には過酷な収容所での生活跡が残っているものだと思っていた。
でもここに来て公式ガイドの中谷さんに案内していただき、ここで見られるものは生活跡なんかじゃないことがわかった。
ここに送られてきた人で、「生かしておこう」と考えられた人はいない。
例え重労働に耐えるだけの健康な身体を持った人でも、ナチはその人達を長く使う労働力としては考えていなかった。
彼らは長くても2~3ヶ月の間だけの使い捨ての労働力で、その後は衰弱して死ぬべきと考えられていた。
そんな事を繰り返しても余るくらいの人々が毎日送り込まれてきており、収容場所は常に不足していたのだ。
ここは人が生活する場所ではなく、巨大殺人施設だった。

証拠隠滅のために破壊されたガス室跡の前で、「人間がこういう事をし得る」という事実をつきつけられ、途方にくれた。
教訓を学ばなければ、歴史は繰り返す。

殺人工場が誕生し存続したの背景には様々な要因があるけれど、
その大きな原因のひとつが人々が「ユダヤ人」「ジプシー」「同性愛者」「捕虜」などといった
グループでくくられていたことが挙げられると思う。
そこには個人の顔がない。
近所の人達、職場の人達など、よく知っている人達に対しては引き金を引けないけど、
よく知らない人に対して人は冷淡になれる。
自分が特定の人達をグループ名で呼びたくなった時、どれほど自分がその人達のことを知っているのか注意したい。
できれば、人とは個人名で付き合いたい。

収容所所長をはじめ、人間の殺戮側にいた人達は、終戦後、口をそろえて
「状況が自分に殺人を仕向けたのであって、自分も状況の被害者だ」と主張したそうだ。
では、その状況下にその場にいた全員が被害者で、誰も責任を取るべき人はいないことになる。
誰にも罪の意識がない。
これ、自分もやっていないだろうか?
例えば、貧困、環境問題、人口問題、エネルギー問題、公害などの地球規模の課題。
誰もがこの状況下で、それらの問題の存在を認識していながら、責任を取ろうとしない。
もし何百年後かに子孫に問われたら、「状況のせいで仕方がなかった」と言うのだろうか。
人間は巨大殺戮工場で罪の意識なく人を殺し続けることができる。
今、罪の意識なく地球を汚し、資源を枯渇させ続けている。
アウシュビッツに行って、今まで環境や状況のせいにしていたことにもっと目を向けたいと思った。

ありさ

FC2ノウハウ
関連記事
  • にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ

  • ↑↑↑↑ ブログランキング参加中。
    ☆1日1回クリックをお願いします☆

Comments:0

Comment Form

Trackback+Pingback:0

TrackBack URL for this entry
http://96happyjourney.blog.fc2.com/tb.php/485-cd513a3b
Listed below are links to weblogs that reference
その状況下に生まれた責任 ~ アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を訪れて2 from 96 - KURO - Happy World Journey DIARY Page

DiaryTOP > [26カ国目 ポーランド]クラクフ > その状況下に生まれた責任 ~ アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を訪れて2

Search
Meta
Feeds
MOON PHASE
CURRENT MOON
BLOGランキング
  • ↓応援クリックお願いします!
  • にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
  • 人気ブログランキングへ ブログランキング
RSSに登録
Share |

Page Top