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2011年09月

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オバケ屋敷?地下宮殿へ

地下宮殿

トルコ観光必須の名所、地下宮殿を訪れた。
チケットを買って入口すぐの階段を降りる。
そこには、大理石の円柱がずらりと並ぶ、薄暗い不気味な空間が広がっている。
床底には水が張られ、建物全体がしっとりと湿気を含んでいる。

なんて悪趣味な宮殿なんだろう。
こんな所に本当に人が暮らしていたのだろうか。

そう思ってパンフレットを読んでみると、
ここは東ローマ帝国時代に造られた貯水池で、宮殿ではないらしい。
もともとは円柱が並ぶ公共広場として造られた場所を掘り下げて貯水槽として利用したため、
宮殿のような造りになっているんだとか。
人が住んでいたわけではないと知って安心したものの、やっぱりヒンヤリした館内は不気味。

とりあえず人の流れに沿って奥へ進んでいくと、やっぱりオバケがっ!

地下宮殿のメデューサ 横向き

メデューサの顔を土台とした柱!

髪の蛇の鱗までリアルに表現されているだけでなく、
苔が生えて緑色に変色しているのが恐ろしい。

地下宮殿のメデューサ 縦向き

一つは横向き、もう一つは上下逆に配置されていて、気持ちが悪い。
目を見ると石にされると言われるメデューサの目の魔力を封じ込めるために、
わざと変な向きで置かれたという噂があるけれど、
横向きにしろ縦向きにしろ、しっかり魔力を持っているように見えてしまう…。
貯水池の設計者達が、デザインが気に入ってあえてメデューサを台座にしたのではなく、
柱として何でもいいから余っていた在庫処分品を使っただけと言われている。
とは言っても、この貯水池の水がアヤソフィアやトプカプ宮殿ほか、
イスタンブールの様々な建物に供給されていたのだと考えると、なんだか怖い。
「ここに蓄えられた水には、何かが宿ってしまいそう」と思うのは、
森羅万象に神が宿ると考える日本人ならではの発想かな?

オバケは大の苦手なので、早々と宮殿を退散して太陽を浴びに出てしまった。
何か背後に付いてきていないといいけど…。

ありさ
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行列の先に トプカプ宮殿

アヤソフィアと並んで人気の観光名所、トプカプ宮殿へ。
チケット売り場は長蛇の列で、ジリジリと前に進むこと1時間弱。

トプカプ宮殿

やっと手にしたチケットを持って中に入ると、庭園を囲むようにいくつかの建物が建っていて、
別料金のハレム館の前は、またしても長蛇の列。
ハレム館は諦め、いくつかの建物を見て回る。
イスラム建築ならではの、細やかで均整のとれた美しいレリーフや、
彩鮮やかなタイルなどはあるものの、
どの建物も、色味が地味で、君主の宮殿としてはやや小さい。

トプカプ宮殿のお庭

というのも、オスマントルコ帝国を支配していたトルコ人は、
中央アジアからやってきた遊牧民族だったため、
あまり建築物に重きを置いておらず、大きな建物を必要としなかったからなのだそう。
当初、君主たちはテントで暮らしていたというから驚きだ。
その代わり、自然との関わりに重きを置いていた君主たち。
広いお庭はきれいに手入れされ、宮殿奥からボスポラス海峡を見渡すと、
とても優雅な気分になる。

トプカプ宮殿からの眺め

次に、ハレム館よりも長い行列へ。
ここはどうしても見ておきたいので、並ぶことにする。
ぞろぞろと列になって見ていく先は、見たことのない仰天お宝のオンパレード。
86カラットの巨大ダイヤモンド、
巨大なエメラルドが3つ付いた短刀などなど。
オスマントルコ帝国の栄華を思い知らされ、圧倒されてしまう。
86カラットのダイヤモンドは、漁師がが拾った原石を、
スプーン職人がスプーン3本と交換したという話があり、
「スプーン職人のダイヤモンド」と言われている。
漁師にとっては毎日使えるスプーンの方が価値があったのだろうけど、
なんとも切ない話だ。

あまりにもキラキラとしたものを見すぎて、ボーっとした頭で宮殿を後にする。
ヨーロッパのベルサイユ宮殿などを見た時は、建物自体の豪華さが強く印象に残るけど、
トプカプ宮殿を見て強く印象に残っているのは、やはり巨大な宝石たち。
遊牧民族だったからこそ、何かあったときに身一つで移動しても手元に残るよう、
身につけたり持ち運べたりする、宝石に財産を託したのかもしれない。

ありさ
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これも食べるべし トルコグルメ

トルコでおいしいものは、
ロカンタご飯と、チャイと、サバサンドと、ムール貝のピラフ詰め…。
…だけではない。
食べなきゃもったいない、その他のトルコ・グルメを紹介したい。

ドネル・ケバブ屋さん

ドネル・ケバブ屋さん。
あちこちにお店があるし、美味しいし、安い。
これぞ、庶民の味方。
だいたい同じ材料を使っているはずなのに、お店によって味が違うのが不思議。

ザクロジュース屋さん

8月末~11月頃の名物と言えば、ザクロジュース。
生のザクロを3~4個その場で絞って注いでくれる。
初めてザクロジュースを口にした男性陣は、
苦味と生っぽさにシブ~イ顔をしていたけど、美容と健康に良いと思えばゴクゴク飲めちゃう。
オレンジとミックスしてもらうと、甘みが増して飲みやすいらしい。

ドンドルマ屋さん

街頭で白い物体を、餅つきみたいに伸ばしたり落としたりしているのが、
ドンドルマ(トルコ風アイス)屋さん。
買っている人を観察していると、お客さんがドンドルマを受け取ろうと手を伸ばした瞬間、
お店の人がひっくり返すパファーマンスをするので、一瞬ヒヤッとする。
ドンドルマは、強い粘りが特徴で、ひっくり返したくらいじゃ落ちないらしいのだけど、
やっぱりアイスクリームの外見をしているので、反射的にヒヤリとしてしまうのだ。
暑い地方でアイスが溶けて垂れるのを防ぐために、
サーレップという植物の成分を混ぜて、粘度を上げたのがドンドルマのはじまりだそう。
食べてみると、そこまで濃厚でも、甘くもなく、水あめを冷凍庫で冷やしたような、新しい食感。
ビヨーンと伸ばしながら食べていると、いつの間にかヤミツキになっている。

トウモロコシ売り

街頭グルメで外せないのが、もう1つ。
トウモロコシの屋台。
なぜかイスタンブールっ子には、かなりの人気で、ガラタ橋界隈を歩く4~5人に1人は食べている。
日本のお祭りの焼きトウモロコシを連想し、ウキウキしながら列に並んで買ったはいいものの…。

かったーーい!

イスタンブールの焼きトウモロコシは、ただ焼いただけのトウモロコシ。
下茹でされていないので、食感がなんていうか、「餌」っぽいのだ。
たまたま運が悪かったのか、私が食べたトウモロコシは、全く甘みがなかったので、
「餌っぽさ」が倍増していた(ちゃんと完食したけど)。
「焼き」の他に、「茹で」トウモロコシも売られているので、頼むならコチラがお勧め。

塩釜焼き

最後に番外編。
店員さんが温まっている先にあるのは、なんと魚!
塩の塊の中にスズキを埋めて焼く「塩釜焼き」を頼んだら、火に包まれて出てきたのだ。
火を消した後、カチコチに固まった塩をハンマーのようなもので叩いてくれる。
すると、中からスズキがお目見えする。
暑さ3センチくらいの塩で包まれていたのだから、さぞかし塩辛いだろうと口に入れる。
すると、予想に反して、塩加減もちょうどいいし、白身も固くなくてふわりとした舌触り。
記念日なんかに注文すると、いい演出になりそう。

こうやってイスタンブールで食べたものを思い出してみると、作り手の顔も一緒に思い出す。
たまにはファミレスやコンビニのご飯もいいけど、やっぱり作っている人の顔が見えたほうが、
おいしさもありがたさも倍増する。
だいぶ近代化が進むイスタンブールだけど、顔の見えるお店もたくさんあった。

ロカンタでナスの煮込みに舌鼓を打ち、チャイハナで甘いチャイをすすり、
サバサンドをザクロジュースで流し込み、ドンドルマを舐める。
トルコの旅は、おいしすぎて忙しい。

ありさ
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ギョレメの町と夕日

9日間滞在したイスタンブールを後に、トルコの内陸部カッパドキアへ向かう。
カッパドキアは、今や世界的に有名な観光地にもなっている。
奇岩がにょきにょきと生えているように見える、摩訶不思議な世界。

トルコのハイテク快適長距離バスの夜行で、まずギョレメという小さな村へと向かう。
ここがカッパドキア観光の拠点となる小さな村。
10数年前、この地にも訪れていたのだけれど、バスを降り立ってもこんなとこだったけ?
と全く昔の面影を感じない。
10数年前、バス停の前にあった唯一大きなレストランで旅人たちと晩御飯を食べたのに、
レストランが複数できていてどこだかわからない。
そもそも建物がこんなにいっぱいあったっけ?
道路がこんなにきれいだったっけ?
変わらない方がおかしいのかもしれない。
でも、この発展ぶりを見て、イスタンブールで感じたよりも大きなギャップを感じてしまった。
訪れている観光客ももちろん多く、
村というよりは、町くらいに大きくなった感じの印象を受ける。

ギョレメのチャイハネ

お洒落なカフェやレストランがいくつかできていたけれど、どこも値段が張るので、
おじさんたちがゲームとお話しでくつろいでいるチャイヘネへ。
そこで、トルコで一番安いんじゃないかって思えるくらい激安な紅茶をのんびりと飲み、
おじさんたちを眺めてはくつろぐ。
果たしておじさんたちは、一日のうち何時間ここにいるんだろうか??
そういえば、アップルティーは10数年前と違ってインスタント粉末になっていた。
こういう田舎に来たからには、やっぱりトルコ式のやかんで煎れてくれるお茶が飲みたかった。
こんな小さな変化になんだかな~という想いがよぎってしまう。

あまりにもここがギョレメだという感じがピンとこなすぎて、
夕日の沈む頃、ローズバレーが見渡せる丘の上に登ってみる。
そこから見た町には、所々に奇岩が顔を出し、そこにホテルの部屋がいくつも建てられていた。
カッパドキアで有名な、岩をくりぬいた洞窟ホテル。
岩自体が柔らかいため、昔からここに住む人々は岩をくり抜き、そこに家や集落を作り住んでいた。
今みたいに建物が併設されていなかったので、外見から見ると単なる奇妙な岩でしかなかったのだろうな。
そのため、遺跡群は発見されるのに時間が掛かったのかもしれない。
明日からは、そんな遺跡をいくつか見てみようと思う。

ギョレメの町を夕暮れ時に

夕日が落ちる時間には、家族連れのトルコ人たちが多数訪れて、夕日を眺めている。
世界共通で、夕日にはみんなロマンを感じる。
そして、どこで見る夕日も、それぞれに格別な美しさを持っている。
トルコは空気が澄んでいるのか、色合いが美しかった。
10数年前と比べて格段に多くなった町の明かりも、それはそれでロマンチックに輝き、彩りを増していた。

ゆーじ
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地下に住んだ人々

カッパドキア郊外の景勝地を一日かけて回る「グリーンツアー」に参加した。
旅人達から「カッパドキアに行ったら、とりあえずグリーンツアーがオススメ」と聞いていたからだ。
「レッドツアー」という名前の半日ツアーもあるそうで、
こちらはカッパドキア近郊を半日で回るもので、自転車を借りれば自分達でも回れるらしい。

さて、グリーンツアー。
何となく、イスラム圏のツアーは時間とか行程とかにおおざっぱなんじゃないかという、
勝手なイメージがあった。
でも、実際にツアーが始まってみると、スケジュールがぎっしり詰め込まれていて驚いた。
その綿密さは、まるで日本国内のツアーのようで、
4箇所も景勝地を巡り、途中、渓谷沿いのハイキングまで盛り込まれた、
盛りだくさんの内容だった。
中でも一番印象的だったのが、最初に訪れた場所。

カッパドキアと聞いてイメージしていたのは、白い奇石がニョキニョキと並び建つ風景で、
このツアーに参加するまで、カッパドキアにはそれしかないと思っていた。
ところが、最初に到着した場所が、カッパドキアのイメージを塗り替えた。
ミニバスを降りて案内されたのは、薄暗い地下都市。

地下都市の廊下

一人がやっと通れるような階段や廊下を通り、いくつかの小部屋を抜けて、
複雑なアリの巣のような構造を、どんどん地下へ地下へ。
カッパドキアには、同じような地下都市が数多く存在し、案内してもらったものは、
中でも最大規模だそう。
深さ地下8階分、約1万人が暮らせる広さだそうだ。

地下都市の小部屋

最初に誰が何の目的でこのような都市を作ったのかは、まだ解明されていない。
ただ、何十人もが集まれる空間が教会として利用された痕跡があるため、
途中からローマ帝国からの迫害を恐れたキリスト教徒が住んでいたと考えられている。
地下都市には、居住のための部屋だけでなく、学校や井戸や家畜部屋などもあり、
数十年の間、外に出なくても生活できるシステムがあったというから驚きだ。
まるで、逃亡犯のような生活。

今でこそ「風光明媚」などと称されるカッパドキアだけど、
夏は灼熱、冬は極寒で、生活には全く適さない土地だ。
だからこそ、キリスト教徒たちは、誰からも注目されないであろう不毛の地に移り住み、
ひっそりと信仰生活を送っていたのだ。

長期にわたって太陽の光を浴びないということは、
きっと視力や心身のバランスという点でも、いろいろ問題が生じたはずだ。
そこまでしてでも守っていたのが、信仰。
わずか小一時間の滞在だったけど、地下から地表に出たときの太陽のまぶしさは忘れられない。
地表で生活できること、信仰の自由があること。
普段は当たり前すぎて意識することすらない自由だけど、改めて大切さに気付かされた。

ありさ
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