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2011年08月

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朝日が差し込む神殿

ピラミッドと並んでエジプト観光の代名詞とも言えるアブシンベル神殿へ。
エジプト南部、スーダンとの国境近くにあり、ルクソール市内を出てからの風景は、ひたすら砂漠。
バスの車窓に広がる荒涼とした砂色の大地を眺めながら、
こんな砂漠に巨大な遺跡が造られた奇跡と、
それが何千年も経った今もなお現存している奇跡を感じずにはいられなかった。

この遺跡は、長年砂に埋もれて忘れ去られていたが、
19世紀にスイス人のブルクハルトがその存在を確認し、
その後、イタリア人探検家ベルツォーニがはじめて神殿内入った。
なんでもない砂山から神殿の片鱗が出てくるなんて、
これだからエジプトは考古学者や探検家を魅了して止まないのだろう。

アブシンベル大神殿

宮殿裏の駐車場から入場し、ゲートをくぐると、突然目の前に大きな岩山が現れる。
岩山の横をぐるりと半周すると、あの有名な光景が目に飛び込んできた。
ラムセス2世の巨大な石像が正面に並ぶ大神殿だ。
膝下部分に王妃の像があって、それも単独で見るとかなりの大きさなはずなのに、
高さ20m以上あるラムセス2世の巨像に並ぶと、とても小さく見える。

アブシンベル大神殿入口

4体のラムセス像の中央にある入口から中に入ると、
そこにも左右に向かい合って立つ巨大なラムセス2世像が並んでいた。
壁や天井には、戦いや神へのお供えのレリーフ、象形文字がびっしりと描かれ、
神秘的な雰囲気を生み出している。
巨大な空間の中で、自分が小さく感じる。
すべての冒険映画はこの神殿が原点なんじゃないかと思うような、どこかなつかしい光景。
映画だったらその先に秘密の扉があって、呪文を唱えると扉が開いて神殿の奥に入れるようになっている。

ここでは、秘密の扉の代わりに、4体の像が安置されていた。
この4体の像のうち3体が、年に2回、朝日に照らされる。
1番左の像は冥界の神であるため、照らされないように設計されているそうだ。
以前、テレビなどでその瞬間の映像を観たことはあったけど、
実際に神殿内に足を踏み入れてみると、入口から像がある最深部の至聖所までは
何十メートルもの距離があることがわかり、改めて古代エジプト人の暦と計算の正確さに驚かされる。

アブシンベル小神殿

大神殿の側には、もう1つ、大きな岩山が聳え立っている。
この岩山を掘り進める形で作られたのが、ラムセス2世が第一王妃ネフェルタリのために築いた小神殿だ。
ラムセス2世には8人王妃がいたと言われるが、エジプト全土でレリーフや像として残され、
祀られているのはネフェルタリだけだという。
小神殿正面の6体の像のうち、4体がラムセス2世像で、2体がネフェルタリ像とのこと。
王の像と同じくらいの大きさで王妃の像が立ち並ぶのは、エジプトではここだけだそうだ。
そもそも、エジプト領土の南端、スーダン近くの辺境の地に神殿を建設したのも、
そこがネフェルタリの生まれ故郷だからと言われている。
インドのタージマハルといい、この神殿といい、王という立場なら国中の美女と会う機会があっただろうに、
1人の女性への深い愛を見せ付けられ、その想いの深さに圧倒される。
それとも、嫉妬を避けるために、数多くの像を造る事で第一王妃のご機嫌取りをしていたのかな?

アブシンベル神殿は、ダム建設に伴う水没の危機を逃れるために、
1960年代に5年の歳月をかけてユネスコが110m西、64メートル上方に宮殿のすべてを移転した。
この移築が、価値ある遺産を守ろうという世界遺産の創設のきっかけとなったそうだ。
綿密な計画を元にした移築だったが、至聖所へ朝日が差し込む、
年に2回の現象の日にちが移設によってずれてしまったそうだ。
それにしても、朝日が徐々に神殿内部の石壁を照らし、至聖所の3体の像を順番に照らす様は、
どれほど幻想的だろう。
神殿を後にする前に再び大神殿の入口に立ち、その様子をじっくりと空想した。

ありさ
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ラマダンの不思議

羊料理

昨日訪れたアブシンベル宮殿は、公共交通機関でのアクセスが困難な場所にあるので、
宿で往復の送迎ツアーに申し込んでいた。
このツアーは、日中の暑さを避けるために午前中に見学を済ませるのが定番だそうで、
早朝3時に起床して宿のロビーに集合するように言われていた。

眠い頭を抱えて宿の階段を降りていくと、早朝にも関わらず従業員がずらりと勢ぞろい。
どれだけ早起きなんだと驚きつつ、そのうちの1人が山積みのアラビアパンをテーブルに載せた時、
やっと何が起こっているのかに気付いた。

ラマダンが始まったんだ!

これから1ヵ月間、お日様が出ている間、イスラム教徒は断食する。
日中の空腹に耐えるため、日の出前の3時過ぎに一度起床して充分にお腹を満たした後、
再び床に就くという。
そう聞いてはいたけれど、実際に日の出前の食事風景を見るのは初めてだった。

アラビアパンの並べられたテーブルに、
おいしそうな香りと湯気と共にフライパンごと羊の煮込み料理が運ばれてくる。
すると、従業員のお兄さん達が手招きして一緒に食べようと誘ってくれた。
自分達は断食するつもりがないので御馳走になるのが悪いような気がして、
「私達はイスラム教徒じゃないんです…」と伝えると、
「そんな事関係ないよ。食べて食べて!」と招いてくれる。
促されるままに席に付き、見よう見まねでアラビアパンに羊の煮込みを挟んで口に入れてみた。
パンにジュワッと肉汁が染みて、本当においしい。
お兄さん達は、私達が喜んで食べるのを見て、安心したかのような、とても嬉しそうな表情を浮かべて、
もっと食べなさいというジェスチャーを繰り返す。
ひんやりした朝の空気を破る、アツアツのフライパンを囲んで、ラマダン前の食事を共にする。
断食とはもっと暗くて辛いものだと思っていたけど、彼らの表情は不思議と反対で、
何か楽しいことが起こる前の、期待に満ちたような明るい表情だった。

その日、私達はアブシンベル神殿を観光し、くたくたになって宿に戻った。
疲れや乾燥で喉がカラカラに乾いていたけれど、
ラマダン中に冷たいコーラを買いに行くのはなんとなく気が引けて、
部屋に戻って生ぬるい水を喉に流し込んだ。
昼食も外に出て食べ物を買うのがはばかられて、結局食べずじまいだった。
イスラム教徒でない外国人はラマダンが免除されるとはいっても、
やはり我慢している人の目の前で堂々と飲食する気にはなれない。
こんなに暑くて乾燥した土地でも、イスラム教徒は一滴の水分さえ口にしないのだ。

夕方、日沈前に宿のロビーに降りてみると、朝あんなに親切だった従業員同士が口げんかしている。
他の従業員も、心なしかピリピリした雰囲気。
誰しもお腹が空けばイライラする。
朝から何も口にせずの数十時間。
日没前はイライラのピークのようだ。

外に出てみると、通りは閑散としていた。
ラマダン期間中に空いているレストランなんてあるのかな?と不安になりつつ歩き回っていると、
あるローカルレストランの前に大勢の男性がずらりと座っている光景を目にした。
テーブルの上にはイフタール(断食を解くための日没後の食事)メニューがずらり。
食事を目の前に、誰一人として食べ始める人はいない。

その時、日没後の礼拝を呼びかけるアザーンが鳴り響いた。
と同時に、一斉に、ものすごい勢いで食事が始まった。
その勢いたるや、「一心不乱に食す」という感じで、見ているこちらはあっけにとられてしまった。
そして、食べるのが異常に早い。
男性達は、早々と食べ終わると、満足そうな表情で次々に席を立って去っていく。
誰も支払いをしていないので、どうやらこのイフタールはレストランが無料で振舞っているものらしい。
ラマダン中は、富める者が貧しい者へ進んで喜捨をすることが奨励されているそうだ。
私達がそのレストランを通り過ぎようとすると、
お店の人が「君達も食べていきなよ!」と声をかけてくれたけど、
一日中食事を我慢して食べ物を押し頂いている人々の横で、
悠々とご馳走になる気になれず、ありがたいけど断った。

断ったのはいいけれど、歩けど歩けど普通に営業しているレストランが見当たらない。
仕方がないので、売店でインスタントラーメンとパンを買って宿に帰ることにした。
これから一ヶ月間もこんな調子じゃ肩身が狭いなあと思って歩いていると、
やっと一軒のレストランが見つかった。

ケバブ焼きのお兄さん

店先では羊のケバブが湯気を立てている。
ヨルダン以来、少し飽きてきていた羊料理だけど、ここのは格別おいしく感じた。
というのも、お店に入ろうとした時から従業員の人たちがものすごくフレンドリーで、
特に親日家の店長とおしゃべりしながら気持ちよく食事できたからかもしれない。
レストランを探して私達がぶらぶら歩いているうちに、
レストランの従業員達もイフタールを済ませて心に余裕が出ていたのだろう。
日没前のピリピリした空気から一転して、食後の人々の陽気さといったら別人みたいだ。

知識としては知っていたはずのラマダン。
でも、空気を通して感じるラマダンは、もっとリアルだった。
朝からがっつり肉料理を食いだめすることなんて知らなかったし、
お腹の空き具合であからさまに人柄まで変わるのが見えたのもはじめてだし、
排他的な印象のあったイスラム教徒達が食事に招いてくれたのも意外だったし、
お腹を満たした後の開放感に満ちた空気もはじめて体験した。

食欲を抑制するのは、私から見ると苦行でしかない。
そんな苦行を、世界中の何億人のイスラム教徒が毎年一ヶ月間も当たり前に実行しているなんて、
不思議で仕方がない。
日没後と夜明け前にドカ食いするのも身体に悪そう…。
お腹が空くと集中力が低下して経済的にも生産性が低下しそう…。

でも、ラマダンには、単に飲食を絶つという行為以上の、
イスラム教徒にとって精神的に非常に重要なものが秘められているのだろう。
それが何であるのかは、コーランの教えを理解し、
毎年、世界中のイスラム教徒と一体感を共有しながらラマダンを実行しないと見えてこないような気がする。
やっぱりラマダンは私にとって不思議の世界だ。

ありさ
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エジプト、カイロにて

夜行電車に乗りアスワンから一気に首都カイロに到着。

南の猛暑に比べると、緩やかな暑さだ。
都会の匂いがする街。人も多く、足早に歩く人がちらほらいる。
中央駅前にあるメトロ乗り場に向かう。
そこまでの道も工事中やら標記がアラビア語やらで、
ややこしくてわけがわからなかったけど、
親切な人が一緒についてきてくれて教えてくれた。
優しい人にまた出会えた。

メトロも走る大都会、カイロ。
つい最近までデモが勢いよく行われていた。
いや、今でもその勢いが衰えていないようだ。

念のため治安情報を集め、この時期カイロにいても問題ないかどうかを調べた。
問題なければ、デモの中心となるタリフール広場の近くの宿に行くことにしていた。
現状では、今のラマダンの時期では、
警官がその広場を警備して、デモ隊は休戦するという取り決めになった模様だ。
ということで少しだけ安心してその場に向かった。

地下鉄でタリフール広場の上に出てみると、
目の前に装甲車が止まっていてびびる。
見渡すと広場の周囲を警官がぐるっと立ち並んでいる。
なんとも緊張感みなぎる光景。
怖い。

ラマダン中ということもあり、昼前の街中にはほとんど誰もいなかった。
アスワンやルクソールの暑さとは違う、都会的な暑さが肌に纏わりつく。

きれいに区画された街並みは、背の高い、古びたビルたちのお陰で、
どことなく暗さが伺える。
旧市街に程近いこの辺りが、どこに似ているかなと考えてみた。
あえて言うならブエノスアイレスをもっと錆付かせたような感じだろうか。
ヨーロッパ的な部分を持ちつつ、
どこか成りきれない姿を想像してしまう街。

カイロの街

宿はそんな古びたビルの7階にあり、
今にもワイヤーが切れてしまいそうなエレベーターが動いている。
いつまでこんな危険そうなものが動いているだろうか。

宿のエレベーター

6時過ぎ、夕日が沈む頃に街を歩いてみると、
大規模な施しがいたる所の通り通りで行われている。
さすがに田舎よりも規模が大きい。
食べて行きなさいと何度も言われたが、
ムスリムでないので、恐れ多くて断った。

こういう施しが当たり前の日常って、日本ではあり得ないこと。
そういう気持ちがあるということを見習わないとなと思ってしまった。

ご飯を食べ終えた人々が次第に街に繰り出してくる。
そして、昼とは全く違うにぎやかなカイロの夜の姿を見た。

ゆーじ
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夫婦旅仲間との再会

カフェで再会

郊外の大ショッピングモール、スターズセンターで旅友達と待ち合わせ。
メキシコで初めて出会って以来、6カ国で再会したほそQ夫婦だ。
そもそも世界一周は西回りの旅人が殆どで東回りは珍しいのだけど、
ほそQ夫婦は少数派の東回りの中でも、旅の時期やルートが似ている貴重な存在。
今までいろんな場所で情報交換をし合い、
イースター島では同じ宿に泊まって一緒にレンタカーを借りたし、リオのカーニバルも一緒に観た。
「帰国したらまた会おうね」と、連絡先を交換する旅人は多くても、
「旅の途中でまた会うよね」と、再会を確信して別れることのできる旅人はほとんどいない。

同じ夫婦旅で、同じくらいの旅行期間。
詳しく話さなくても、今の旅を一番理解してくれる存在が、
会おうと思えば会える距離にいるということが、どれだけ心強かっただろう。

リオのカーニバルで再会した時は、その後のお互いの旅の予定ルートが大きく違うことが判明し、
もう帰国するまで会えないかもしれないと思ったら、別れ際に思わず泣いてしまった。
その二人が、時を同じくしてカイロにやってくると言うのだ。

私達が北欧やアフリカを回っている間、
彼らはヨーロッパでサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路を歩いていた。
一日に何時間も重い荷物を背負って歩き続けていた彼ら。
どれだけたくましくなっているのだろうと、再会が楽しみで仕方がなかった。

早々と待ち合わせ場所のショッピングモールに到着し、
久々のスターバックスでくつろいでいた時。
周りのお店がどんどん閉まっていくのに気付いた。
10分後に様子を見てみようとモール内を散策すると、
ほぼ全部のお店のシャッターが閉じてしまっていた。
モールに到着してお茶しただけで、まだ全くお店を見ていないのにどういうことだろうと、
人の流れに付いていくと、フードコートに黒山の人だかり。
どうやら、イフタール(断食後の最後の食事)に備えて、
早々にお店を閉めてフードコートに人が集まっているみたいなのだ。
食後しばらくすると、また営業を再開するらしい。
フードコートだけに人が集中し、ひと気が消えてしんとしているシャッター通り。
仕方がないのでその中をとぼとぼと引き返し、待ち合わせ場所のスターバックスに戻った。
こんな近代的で大きなショッピングモールでも、
当然のようにラマダンに合わせて営業時間が変わってしまうなんてびっくり。

そうこうしていると、ほそQ夫婦がやってきた。
二人とも毎日たくさん歩いていたせいか、
5ヶ月前に会った時よりも、スリムで健康的になった印象。
一目で「ああ、いい旅をしてきたんだな」とわかって、ものすごくほっとして嬉しくなった。
旦那さんは、この猛暑の中、エジプト人に混じってラマダンを実行しているそうで、
その姿勢には感服。
あれこれ話したいことが山盛りで、さんざん話した後にカイロ市内に戻り、
おしゃれな紅茶のお店で話し込んでもなお話し足りず、またすぐに再会する約束をした。

もし日本で出会っていたら、ここまでお互いの事を知る機会がなかったかもしれない。
旅に出たおかげで生まれた絆。
旅に出てから出会った友人達を思い返してみると、旅に出て、出会えてよかったとしみじみ思う。

ありさ
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エジプトの昔と今

カイロにある考古学博物館へ。

ラマダン中ということもあり、日中通りを歩いている人は少ない。
博物館に向かって歩いていると、たまたま通りかかった人が道中、やたらと声を掛けてくる。
「どこに行くんだ?」「今日は博物館は休みだ」と。
また違う人に出会うと、
「金曜はムスリムだけしか入場できない」とも、言ってくる。
もちろん嘘。こんな嘘に何の意味があるんだろうか?
博物館に行けないから(たぶん自分か友人の)タクシーでピラミッドに行こうというお話。
嘘が見え見えで、おかしくて笑ってしまう。

この博物館は言わずとも知られている、有名なツタンカーメンのマスクが展示されているところ。
その黄金のマスクを、小さい頃から見たくて見たくて仕方がなかった。
そこには、何か神秘的なものが隠されているはずだから、
それを見るとドキドキするに違いない。

カイロの考古学博物館

ピンク色をした博物館は、もちろんオープンしていて普通に入場できた。
隣の大きな建物、たぶん有名な高級ホテルは、火事で燃えたのだろう。
爆撃でも受けたかのように、黒々として朽ちかけていた。
きっとこの「中東の春」と言われるデモで攻撃されたのだろう。
ピンクと黒のコントラストが、そのデモのすさまじさを物語っている。

博物館内は撮影禁止で、かつカメラを持ちこめなかったため、
集中して展示物を見ることができた。
一階には、各時代の王の像や石棺が無造作に並べられている。
案の定、簡単な説明文があるだけで、
あまり見栄えのするような置き方がなされていなかった。
せっかくの歴史的価値のあるものが、なんとなくみすばらしく見えてしまう。
簡単に触れて、すぐに手が届いてしまうからだろうか。

それでも、置かれている石像の威厳を目の当たりにすると、
「おっー」と、うなってしまうものも数多くある。
ガイドブックを片手に、あれは何々王の像だとか、これはあそこの遺跡にあったんだと、
ルクソールで見てきた遺跡の王たちの威光がここでも輝いていた。

お目当ての二階へ。
ツタンカーメンの墓から見つかった調度品が、二階のほぼ半分を占めて展示されている。
そこで目にしたものたちは、圧倒的だった。
ほとんど全てが、黄金に輝いていた。
精巧な造り。何かしら意味のある動物達の姿。
ありとあらゆるものが気になって、ゆっくり眺めた。
ベッドまである。
とても仲が良かったと言われる王妃が置いたという草も残っていた。
そこには時間を越えたストーリーが詰まっていた。

ツタンカーメンは、19歳という若さで亡くなったらしいが、
そこにあった黄金の数々は、彼がどれだけの力を持っていたかを物語っている。
ミイラに付けられていた黄金マスクは、
見る者の心を惹きつけずにはいられない、何か独特の力がみなぎっていた。
金を見て美しいと思う事は、今まで自分の中の価値観にはなかったことだ。
装飾が合わさったことで、とんでもなく美しい姿になったのだろう。
この目に焼き付けたくて、ずっと見ていた。

博物館の展示物を通してエジプトの昔のすごさを見て、
なんだか力が抜けて呆然としてしまった。
出口の目の前には、入場する前に見えていた黒焦げのホテルが立ち尽くしていた。
展示物と黒こげのホテルのギャップがあまりに大きすぎた。
積み重ねてきたエジプトの歴史が、現在変わろうとしている。
ピンクと黒のコントラストに、改めてその事を気付かされた。

ゆーじ
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