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2011年05月26日

ザンジバルの負の歴史

ストーンタウン 英国教会

ストーンタウンに、ある大きな教会がある。
宿の屋上から見ると、どどーんと大きくそびえ立つ建物。
その教会の建物の隣にこのような像が作られている。

ストーンタウン 奴隷市場跡

これは、奴隷が売買されていた模様を現している。
15世紀にヴァスコ・ダ・ガマがザンジバルを訪れた後、
ポルトガル人が入植し、象牙や奴隷の売買を開始した。
その後、中東のオマーンが大勢力を誇っていた時代に、ザンジバルを手中に入れた。
そのために、このアフリカの小さな島がイスラム化し、
奴隷貿易も継続して行われた。

ストーンタウンは世界遺産に指定されているが、それは負の遺産として。
かつて東アフリカにおける奴隷貿易の拠点だったからだ。
19世紀に行われた東アフリカでの比較的小規模な奴隷貿易は、アラブの都市ザンジバルを繁栄させた。
毎年このザンジバルの奴隷市場を通して、5万人もの人々が送り出されていたそうだ。

1897年にようやく奴隷制は廃止された。
奴隷制廃止後、その奴隷売買の拠点にこの英国教会が作られた。
離れの建物の地下には、かつて奴隷が押し込まれていた部屋が残っている。
暗くて狭く、繋がれていた鎖が残っている。
この部屋に入るのに躊躇するくらいの陰鬱さが醸し出されていた。

その他、ストーンタウンには、日本の「からゆきさんの家」というのも残っている。

からゆきさんというのは、19世紀後半に海外に奉公させられた日本人女性のことで、
多くは、農村、漁村などの貧しい家庭の娘たちだった。
彼女たちは、その地の娼館へと連れて行かれた。
からゆきさんの主な渡航先は、アジア各地であるらしいが、
なぜこんなにも日本から遠い地に連れてこられたのか?
そんな彼女たちの気持ちを少しでも想像すると、とても悲しいものがある。

こんなアフリカの隅っこの小さな島にも日本の名残があるなんて想像もつかないことだ。

そういった負の歴史を抱えているザンジバル島だが、今では平和そのものだ。

ゆーじ
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