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2011年01月

イースター島、モアイを巡る1日

朝から宿のレンタカーを借りて、ほそQ夫婦と4人でまだ訪れていない島内を観光。

早々と出発と思いきや、7時くらいだとキャンプサイトのスタッフがまだ誰も起きていない。

ちょうど今日、ペルーのリマからイースター島へLAN航空が就航したため、
お客さんが8時近くにやってきた。
その時、宿のおじちゃん・おばちゃんがお客を伴ってやってきたので、
なんとか車を借りることができた。
この車は、マニュアル車。

さて、運転だが年末年始ドライブは運転のプロ・ジョーちゃんがいたからこそ、
みんな気持ちよくドライブできたが、
4人のうちマニュアル資格なのは両旦那のみ。
お互い10年近く運転していない。
自分ももう頭の中で動作をしようとしても、クラッチの使い方とか全くもってうまく頭の中でイメージできないでいる。
ともかく贅沢にもイースター島2回目のレンタカーなので、安く済ませるためのマニュアル。
なんとか運転するしかない。
最初のドライバー決めはじゃんけん!

なんとかいきなりの運転を避けることができた。
ほそQさんの運転は全然10年ぶりくらいとは到底思えないほど、うまかった。
これならなんとか今日は周れそうかなと思えるほど。

少し小雨が降る中、未舗装道路の島の西側を走る。
遺跡の案内があれば停まり、すべて見に行ってみる。

イースター島の観光案内表示はかなり適当。
一応看板が立っていて、ここに遺跡があるというのはわかるが、
いまいち何なのかわからない。
まあこののんびり加減が南の島という感じでいい。

途中、荒波の岩場や地下洞窟を見て、
Ahu Te Peuという場所へ。
そこは聖域としか案内には書かれていなかったので、何があるのかわからなかったが、
行ってみて驚く、多くのモアイ像が倒された姿そのままで転がっている。

倒れたモアイ

あまりにあからさまに倒れているので、やはりかわいそうになってくる。
なぜここのモアイはそのままなのだろうか?
他と比べて小ぶりなモアイは首が折れていたり、
風化して顔の形がわからなくなりつつあったりと悲惨な感じがはなはだしい。

次にお目当ての7体のモアイが並ぶAhu Akiviへ。
ここのモアイは海を向いて立っている唯一のモアイ。
やはり立っているモアイを見ると清々しい。

海を眺めるモアイ

今まで目にしてきたモアイ達は全て内陸を向いていたが、
ここにあるものだけ海を見つめている。
それは、基本的に集落がある場所にモアイが置かれ、
その集落を守るように立てられたからだ。
そのため、海沿いに建てられたモアイは海を背に内陸を見つめ、
内陸に建てられたモアイは海側を向いていたものがある。

モアイの帽子プカオの石切り場PunaPauへ。
ここから大体の大きさに切り出して、モアイの立つ場所まで運び、
そこで形を整えたらしい。
最大でも10km以上は運んでいる。なんとも気の遠くなる仕事だ。

帽子プカオの切り出し場

立てたモアイの前面に頭まで石を置き傾斜を造って、プカオをモアイの頭上に運んだという説と、
立つ前のモアイにプカオをくくりつけて、一緒に立ち上がらせたという2つの説があるらしい。
どちらにしても、今では想像つかないほどの大仕事だ。

そこからまた北上し、お正月にも訪れた北の白砂のビーチへ。
前に訪れた時はのんびりと海水浴ができなかったので、
お昼寝をしつつ、お弁当を食べつつ、たまに泳いで、のんびりと過ごす。
それにしても今日は人が多い。
これもリマからの飛行機の就航のお陰か。

だいーーぶのんびりした後で、半日も運転してくれたほそQさんに代わり自分が運転することに。
いやー全然覚えていないもの。運転席に座ってもどうやるのかさっぱり思い出せない。
ほそQさんに聞き聞きなんとか運転して、エンストしつつもようやく出発。
今度は初日の出を見た15体のモアイを再び目指す。

朝日の逆光とは違って、日を浴びたモアイたち。

15体のモアイ

なんだか動き出しそうだと感じるのは自分だけではないはず。
何度見ても飽きさせない力を秘めているということだ。

最後に石切り場RanoRalalakuへ向かう。
モアイがごろごろ。
顔だけ出ていたり、寝転がったままだったりと、
ここまでいっぱいのモアイだとさすがに迫力がある。

夕日を浴びる埋もれたモアイ

夕日を浴びて半身埋まっているモアイはどこか哀愁が漂う。
切り出し中のものがあったり、運搬途中で首が折れたと思われるようなものがあったりと、
一体の像をみるだけでいろんなことが想像できるところだった。

これでほとんどイースター島を回りきった!
モアイ尽くしの1日。満足!

ゆーじ

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イースター島の歴史を学ぶ

ほんとうは最初に訪れておくべき博物館へ、最後の1日に行ってみた。
イースター島の歴史やモアイのことをこの博物館で知ることができる。
さらにパネルの日本語訳をノートで手渡してくれるので、とても詳しく内容を知ることができる。

イースター島はチリから飛行機で4時間半の太平洋上の島で、
住んでいる人々はポリネシア系の人が多いということが、上陸するとすぐにわかる。
一般的にポリネシア・トライアングルと呼ばれている三角形が、ここイースター島と、
アメリカのハワイ島、そしてニュージーランドの三点を結ぶことで構成されているという。
この三角形内がポリネシアを構成しているものとして使われる。
ポリネシアは、他の島々との距離が大きいにもかかわらず、
言語や伝統文化、宗教、芸術などがよく似ていると言われている。
私たちの世界一周の旅で偶然にも、2カ国目にニュージーランドのマオリ族、
3カ国目にアメリカのハワイアンと訪れ、
さらに今ここイースター島と三角形の3点を訪れることができている。
そこで少しでも3つの先住民の文化に触れることができたのは、とても幸運だったと思う。
彼らの文化がどのように似通っているかを体感できたから。

実際にどこが似ているのかというと、これだと言う断定的なものはないけれど、
どこかしら信仰しているものや、伝統芸能や、アートが似ているなと感じることはある。
この前見たダンスも、マオリのハカとハワイのフラが融合しているように感じたのがいい例だと思う。

人々は、マオリの人ほど男性は体が大きく筋肉質ではないけれど、それを少し細めたくらいで、
顔の表情などがとても似ていると感じる。
そして島特有のゆったりさがハワイのように感じる。

こうして、遥かイースター島で、
ポリネシアの伝統や人々に触れることができたのは、なんだかとてもうれしい誤算だった。


この博物館ではモアイについても深く知ることができる。
モアイの切り出し方法が具体的に示されていたり、
その後の運搬方法についていくつか推測された案が載っていておもしろい。
モアイを歩かせたとか、重さ何トンもあるモアイをどうやって動かしたのか
いろいろ想像するとわくわくしてくる。

モアイは何か特別な力を持つものとして信仰されていたようだ。
特に目からその力を発すると考えられていたため、
モアイ倒し戦争では目が無くなる様にうつ伏せに倒された。
そのためことごとく目はモアイの下敷きになり無くなった。
モアイの目はこの博物館で見ることができる。
白目に白珊瑚、黒目に黒曜石などを使用し、台座アフに立ったモアイにだけ目を入れていたことがわかっている。
最後に目を入れることが、とても神聖な儀式だったようだ。

モアイの目

現在まで確認されているモアイの数は887体、
台座アフまで運ばれて立たされたことのあるモアイは288体と表示されている。
これはとんでもない数字だ。
モアイ戦争が起こった理由でもわかるように、
モアイを造ることで多数の人手と多くの木々が犠牲となった。
その背景を知ることで、モアイを見る目がだいぶ変わることに気づかされる。

もうひとつ重要なものが、ロンゴロンゴと呼ばれる先住民の言葉。
象形文字のように木や石に刻まれたものを見ることができる。
しかし、この文字は未だ解読されていない。
それは島の人々が疫病や奴隷として連れ出されたりして、
激減していったことで、読める人がいなくなったことによる。

ロンゴロンゴ

同じ島の人々による戦争や奴隷として狩り出された歴史をこの島は持っている。
そういう負の部分を感じつつも、
この島の陽気は嘘のように明るい。


帰り道、どこかしらか素敵な音楽が流れてきた。
その音楽に惹かれて足を向けると、そこには大勢の女性たちが踊りの練習をしていた。
そういえば、宿の娘ミヒノアちゃんもこの前の晩練習していたな。
多分、来月に行われるというお祭りのための練習かもしれない。

住民のダンス

女性たちの踊りはフラのようにしなやかで、見ていて心和む踊りだった。
その脇で男の子たちも男性の踊りを練習していた。
まだ始めたばかりのようで、形にもなっていなかったけれど、
女性を包み込むような、また力強さをも持つような踊りになるのだろう。

しばらく練習を眺めていた。
夕方に地域のみんなで集まって代々踊りを伝えていく。
昔の言葉は途切れても、新しい踊りは明るい陽気のように伝えられていた。

ゆーじ

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自炊生活 @イースター島

歓迎のレイ

イースター島での10日間が終わろうとしている。
今日は朝からテントの掃除や持ち物の整理をして、昼前には空港へ行く。
空港では、到着する人々を迎えるためのレイがよい香りを漂わせていた。

とんでもなくのんびり、かつしっかり観光もできて、
予想以上の満足を抱えて、去ることになる。
今すぐにでも滞在を延長したり、また戻ってきたいなと思わせてくれる島だった。

テント生活も意外なほど快適で、
さらにはキッチンが清潔で使いやすかったのが一番大きかったのかなと思う。
イースター島準備編の日記で大量の食料を持ち込んで何を作ったかをここに記してみよう。

*持ち込んだ食料
肉類:牛肉300g、豚肉200g、鶏肉500g、ウィンナー1kg
野菜:ジャガイモ3個、ナス1個、ニンニク1個、ショウガ1個、タマネギ4個、ニンジン2個、モヤシ40g、マッシュルーム
主食となる粉類・麺類・米:そうめん、スパゲティ2袋、米5kg、小麦粉1袋、辛ラーメン2袋
その他:卵12個、トマトペースト3袋、サラダ油、マヨネーズ、コーンスターチ1袋、イースト粉15g、ローリエ1袋、のり、ワイン2リットル

これが以下のような料理に大変身!
朝ごはん:目玉焼き、ソーセージ・スクランブルエッグ、トースト、おにぎり、ホットケーキ、ソーセージのトマトパスタ
昼ごはん:親子丼、生姜焼き、マーボー茄子、マッシュルーム・キャベツのトマトパスタ、ハンバーガーサンド、焼きソバ
夜ごはん:辛ラーメン、カレー、広島風お好み焼き、照り焼きチキン、チキンカチャトラ、牛丼、鳥のから揚げ

昼食まできちんと作っているので、一日中料理作っているような感じだったけれど、
いいキッチンだったので、ここぞとばかりに張り切って作ってしまった。
基本的に肉食な2人なため、お肉中心…。
魚も食べたいところだけれど、普段のエネルギー不足をここで回復したいと思ってきちんと食べるようにした。

お正月を迎えるということで、日本のカレーをお正月にみんなで食べた。
10ケ月ぶりくらいのカレーに涙がでそうになる。

カレー!

そして、ようやく作ることができたお好み焼き!
もちろん広島風!
どうしても食べたかったのだけれど、今まで機会がなくてできなかった。
そこにほそQ夫婦と一緒になるということで、常々話していたお好み焼きを実現。
ほそQ奥さんは大阪人にも関わらず、べた褒めで召し上がってもらえました。うれしい限り。
もやしが日本にものと違っていてなんだかごわごわしていたけれど、
ありさが一時帰国のときにオタフクソースを買ってきてくれたお陰でおいしく食べることができた。
オタフクソース万歳!

辛ラーメンはボリビアやペルー、チリのサンティアゴでも手に入るのでお勧め。
日本人の辛ラーメン所有率はほぼ100%だった。
それにしてもうまいっ。

その他の料理は東京で暮らしていた頃にお互いがよく作っていた料理。
手際よくできるのでレシピに並んだわけだけれど、やはり肉ばかり食べていたことを思い出す。

これからイースター島に行かれる方は、こんな料理が作れましたので、
参考になるかどうかわからないけれど、挑戦してみては~!

ゆーじ

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移動は続く

移動日。

イースター島からチリのサンティアゴまで飛び、
深夜の便でチリ南部パタゴニアにある街プンタ・アレーナスに行く。

イースター島から4時間半+2時間の時差でサンティアゴに到着したのは、
昨夜7時くらい。これから夜1時半発のプエルト・ナタレス行きまで時間を潰さないといけない。
しかし、ここサンティアゴの空港は、治安もよく、WiFiもフリーで、
さらには24時間稼動しているので、時間を悠々と潰せた。

南部のパタゴニアに行くのは、バスでルート40と呼ばれる道を通って南下していくのが
一般的だけれど、かなりの距離があり途方も無く時間が掛かるので、
ここはワンワールドの世界一周航空券を利用した。
復路も購入しているので、もう一度プンタ・アレーナスに戻ってこないといけない。
パタゴニアでどれくらいの時間が必要なのか全くわかっていないので、
だいたいの日時を決めて買っているけれど、世界一周航空券なので日程変更を自由に行い、
思う存分パタゴニアを満喫したいと思う。

早朝5時近くにプンタ・アレーナスに到着。
窓から見えるパタゴニアの景色は、川と荒涼とした木々に囲まれた自然な大地。

空港からバスに乗って、街へ。
寒い。
まだ朝だからか、急に寒い所に来たからか、寒さを強く感じる。
これからすぐに北の町、プエルト・ナタレスに向かう。
そのためにバス会社が開くのを外で待つ。

1時間近く外で凍えそうになりながら待ったけれど、
非情にもバスは満席。
もう1社に駆け足で向かうも満席。
この街には特に見所が無いので、あまり足止めを食らいたくない。
最後の望みをかけて、残りのもう1社へ。
行くと1時間後のバスが購入できた。
一安心。

プンタアレーナスからプエルトナタレスへ3時間。
ここはパイネ国立公園のある場所。
今行くべきかどうか悩んだが、
ひとまずさらに北の町、アルゼンチンのエル・カラファテまで行くことにした。

しかし、今の時期はハイ・シーズンで同じ会社では購入できなかった。
乗ってきたバスの運転手にどこでチケット買えるか聞くと、
携帯を取り出し、どこかに電話。
着いて来いというので、行くと、
別のバス会社に空きを確認してくれていて、さらには連れて行ってくれた。
自分とは違う会社なのに案内してくれるなんて、優しい限り。

バスの出発まで6時間待ち。
小さな町プエルト・ナタレスでぶらぶらすることに。
パイネ国立公園はパタゴニアの中でも有数のトレッキングコースとして、世界中の人々に人気がある。
なのでアウトドア・グッズのお店がいくつか目に付く。
ほんとに小さな町なので、何も見るべきところはないけれど、
町外れの港まで行ってみた。
そこからは雄大な山々が雪化粧をして立ち並ぶ姿を目にすることができ、
空は広く、激しすぎるくらいの冷たい風が吹きつけ、まともに歩けないくらいだった。

プエルト・ナタレス

食べるお店も限りがあり、小さな食堂に行ってみる。
お昼のセットが500円とチリにしては安い。
魚だったけれど、冷凍モノかな?
ここまで南下すると、海水が冷たすぎてあまりいい魚が取れないみたいだ。
それでも、まあおいしかったけれど。

お昼ごはん

夕方に出発。
途中チリとアルゼンチン国境をまたぎ、バスを乗り換える。
アルゼンチンのエルカラファテまで6時間。
到着したのは、23時を過ぎていた。

長い長い移動の日。
たまにはこういう日もある。

疲れた。
と言いつつも宿のご主人と深夜3時まで飲み語る。

ゆーじ

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ステーキとワイン祭り

アルゼンチンと言えば、牛肉とワイン!
旅人からその話を聞くたびに、涎を滴らせながらアルゼンチン入りを待ちわびていた私達。
ついに、ついに、この日がやってきたと、足早にスーパーへ向かう。

まずはワイン売り場へ。
1本200円くらいのものからずらりと並ぶ夢のような棚。
うっとりしながら、赤を1本選ぶ。

次は、肉売り場。
売り場の上には料金表が掲げてあるのだけど、スペイン語で部位が書いてあるのでよくわからない。
ならばガラスケースを覗いて、おいしそうな肉を見た目で選ぼうとやわらかそうなお肉を指さすと、
料金表で2番目に高いお肉であることが判明。
一瞬、二人で顔を見合わせ、頷きあう。
せっかく牛肉が安い国なんだから、ここでけちったらもったいない。
おいしそうなそのお肉を切ってもらうことにした。

宿に戻ると、早速料理を開始。
まず米を鍋で炊く。
米は、赤いパッケージの「Gallo」という商品名のものが絶品。
日本のお米に限りなく近く炊き上がるから、おにぎりも握れちゃう優れもの。
そして、ステーキ。
ウユニ塩湖で取ってきた濃い塩と黒コショウでお肉に下味をつけ、
暖めたフライパンで手早くニンニクを炒める。
そこにお肉を投入、赤ワインとしょう油、再び塩、コショウで味を調え完成。

ステーキとワインの夕べ

早速いただきまーす。

!!!!!!

うまっ!!!!!

目をつぶると、そこは結婚式場かと思うくらい。
披露宴で出てくるようなジューシーでやわらかいステーキ。
あんまりにもおいしくて、ゆーやんは一口目にして
「今からスーパーに戻ってお肉買い足してこようかな」と本気で言っていた。
ウユニの塩が決め手?日本から持参したしょう油?
いやいや、お肉がいいんでしょう!
最高級肉を買って大正解。

そして、ワインも適当に選んだにも関わらず、適度に重くて飲みやすい。
今日から毎日ワイン祭り決定だ。

アルゼンチンワインといえば、漫画『部長 島耕作』にこんな話が載っていた。
19世紀後半にヨーロッパを襲った害虫によって、フランスの葡萄はほぼ全滅した。
フランスに現存している葡萄の大半はアメリカから持ってきた品種を台木に接木して育てたもの。
従来のヨーロッパ種の葡萄の木が残っているのはチリ、アルゼンチンしかない。
そういうわけで、チリ、アルゼンチンのワインは貴重でおいしいらしいのだ。
ほほほう。
うんちくを知ると、ますますおいしく感じる。

食べ終わってすぐ、明日またステーキを食べることを想像してしまう、うかれた夕食。
本当においしい素材は、肉も野菜も魚も、焼くだけで絶品だ。

ありさ

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