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2010年12月

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マチュピチュを目指して~インカ古道トレッキング1日目

朝6時半に宿に迎えが来る。
バスかと思いきや、歩いてセントロまで行く。
宿の周辺は道が狭く、バスが入ってこれないので、当たり前か。

バスに乗り込んだメンバーはなんと18人。
ここまで多いとは予想していなかった。
メンバーは、カナダの女の子2人・イギリス在住ポーランド人男性・オーストラリア人夫婦(以上、私達2人を含めて英語組7人)
とスペイン、バスクの老夫婦と思いきや友人同士・スペイン、カタラン出身の夫婦・スペイン・サラゴサ出身の夫婦・
ポルトガルの女性・メキシコの男性・ベネズエラの女性・アルゼンチンの男性と女性(以上、西語組11人)
うーん、なんとも多国籍。
その中でも、アメリカやドイツ、イギリス、フランスの人がいないのがおもしろい。
バックパッカーらしき人もカナダ人の2人のみだった。
そして、みんなおもしろい。特にラテン系の人たちはほんとにおもしろい。
いつまでもどんな時でもノリノリ。

クスコからバスで2時間、オリャンタイタンボ(Ollantaytambo)という小さな町に到着。
ここで30分くらい朝食休憩。
飲み物・食べ物を補給できる。
小さなメルカドがあり、住民は外国人に慣れているようで、
なんだか優しい感じがする。

そして、再びバスで82km地点という場所に行く。
クスコから線路沿いで82km地点という意味。
マチュピチュのふもとにある町、アグアスカリエンテスは110km。
線路沿い、つまり谷の底を川沿いに行くと30kmくらいでマチュピチュまで辿り着くことができる。
しかし、インカ古道は川沿いでなく、山の中を進んでいく。
あえて困難なルート。

バスを降りて、みんなで歩き出す準備。
ポーターさん達も運ぶ荷物をまとめている。

インカ古道スタート 82km地点

さあ、インコ古道トレッキングのスタート!
線路を跨ぎ、すぐにインカ古道の入り口。
パスポートに入場のスタンプを押してもらう。
川を越えて山を登り始める。

早いペースで行くと思っていたけれど、
のんびり進む。
標高は2500mくらいで呼吸も全然苦しくない。
結構休憩もあるので、拍子抜けするくらいの楽ちんさ。
初日だからゆっくりペースなのかな?

インカ古道スタート

ポーターさん達もぞくぞくと進む。
ペースは断然速い。

ポーターさん達も歩く!

すぐに谷の向かい側に最初の遺跡が見えてくる。
”クアナバンバ(Q'anabamba)”という遺跡。

クアナバンバ遺跡


今歩いているのは実は正式なインカ道ではなく、
生活用に新しく作った道だそうだ。
正式なものは遺跡側にあるとのこと。

あまり歩いた気がしないで、さっそくお昼ご飯場所に到着。
出発からここまで3時間くらいの行程。
大きなテントが2つ張られていて、ひとつがキッチン。
もうひとつがみんなのダイニング。

ご飯の準備が整うまでしばし芝生の上で寝転がり、シエスタ。

お昼ごはん

お昼ごはんはガーリックトーストと卵のスープにロモサルタード。
そして食後のお茶。
もっと適当にサンドイッチとか出てくると勝手に思っていたけれど、
きちんと調理されている。すごい。
そのためにポーターさん達はプロパンガスまで運んでいるのだから。

昼食後、正式なインカ道に入る。

しばらく歩くともうひとつの遺跡。
”ケンティマルカ(Q'entimarka)”

ケンティマルカ遺跡

川に沿ってカーブを描くように棚田が作られている。
これはヘビを表しているそうだ。
ヘビも、コンドルやピューマ同様、インカでは神聖な動物とされていた。
ここには小さいながらも太陽の神殿があり、生贄の場所があったとされている。

いつの間にか川よりもかなり高い所まで上ってきているのがわかる。


今日は全体的になだらかな道でそこまできつくない。
2500mから2800mくらいまで山を上っている。
荷物が重いのが気になるくらいで、
昼食後5時間の道のりもあっという間。
今日は全部で8時間のウォーキング。

そして、日が暮れる前にキャンプ場に到着。
もうテントがいくつも張られている。
4人用のテントが2人で1つ使えるので、かなりゆったり。
しばらくするとティータイムだよと言われていたにもかかわらず、
いつの間にか仮眠。
きつくない行程でもやっぱりいきなり8時間歩くのは疲れるよう。

今日のキャンプ場

ティータイムでは、ポップコーンにビスケットが出てきて、
みんなでわいわい言いながら食べつくす。
すぐ後に夕食なのに…。

日が落ちるとかなり寒い。
ダウンが必要なくらい。
夕食に出るスープが暖かくてうまい。
メインはチキンのミラネサ。
よくこんなにちゃんと作るなと感心してしまう。

食事の後は、すぐに寝る準備。
明日は5時半起床なのだから。
そして、4200mまで上る。
体力を温存しないといけない。

明日どうなることやら、かなり心配だ。

ゆーじ

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マチュピチュを目指して~インカ古道トレッキング2日目

朝5時半。
ポーターさんがテントを叩きに来て、起きる。
そして、コカ茶のサービス。
かなり冷え込んでいるので、この暖かさが身にしみる。
想像以上に寒くて、足が冷えてあまり深く眠れず。

手早く荷物を整理してテントを出ると、
もうお隣さんのテントはたたまれていた。
ポーターさんの方が手際がいい。

昨夜は見えなかったインカの聖なる山・6300mのサルカンタイが見える。

キャンプ場からの眺め

朝食はおかゆの様な飲み物とお茶。
パンにパンケーキ。
カナダ人の女の子はピーナッツバターのビンを持ち歩いている。
恐るべし。
みんな眠いようで昨晩のようなワイワイ感は無い。
それよりも今日どんだけきついんだろって気になっているのかな?

スナックとフルーツをもらい、朝7時に出発。

2日目のトレッキングスタート!

すぐにきつい上りになる。
いくつかの休憩を挟みつつ、もくもくと3時間近く上る頃には3500mくらいの高さ。
ここまでの階段が異常なくらいきつい。
段差が高いのでかなり足に負担が掛かる。
昨晩のキャンプ地が2800mなので、かなりぐっと急な階段を上ったことがわかる。
そして、道はほぼ石畳の道になっていく。
これは意外なこと。山道=砂、泥の道って連想するけれど、
このインカ古道は、インカの時代にここまで道の整備を行っていた。
幅も人が余裕に2人は通れる広さ。
ここまでの道を作るとはすごい政治力だったのだなと想像できる。

急な階段!!きついっ

それでも自分達のペースで上れたので、そんなに苦しい思いはしなかった。
他のグループを見ていると、「早く行くよ」とか言われていたけれど、
私達のグループのガイドは一回も”早く”って言わなかったので、
とてものんびり歩くことができた。
みんなが同じくらいの力量だったからかな。

ここで水を購入。
2.5リットルがs/12(360円)という山の上価格だけれど、
どうやってこんな山の上まで持ってきたんだって感心してしまう。

休憩ポイントで水を補給

さて、ここからが正念場。
インカ古道でもっとも標高の高いWARUMIWANUSKA・4215mを目指す。
他にも多くのグループが頂上を目指し、インカ古道の道を人が連なって歩いている。
坂と階段で同じくきつい上り。

頂上までもうちょっと。

歩くこと2時間ちかく。
ようやく頂上に到着!

4215mの頂上!!!!

頂上から上ってきた道を眺める

頂上までの道のり。
なだらかに見えるけれど…きつかった。。。
少し雨が降り、冷たい風が吹いていた。
2人とも高所反応も出ず、もくもくと上ることができた。

20分ほど休憩し、下り始める。
あとは下るのみとのこと。
やったと思ったのはつかの間、降りてみるとこれがとんでもなくきつい。
インカ古道は整備されつくされているので、
下りはほぼ石段。しかもきちんとした石組みではなく、ごつごつしていて、滑る。
そして上り同様段組が高い。
そのため降りる時にかなり足に負担がかかる。

下りの石段

2時間近くを下りに下り、標高3600mほどのキャンプ地に到着。
みんな上りより下りの方がきついって言うくらいの道のりだった。

今日はトータル7時間のトレッキング。
お昼ご飯も食べないでひたすら歩き続けた。
途中にスナックなど食べないと体力が持たない。
絶対にお菓子やチョコは携行必須。

グループのみんなが到着するまですでに準備されているテントで眠る。
そして、揃って遅めのお昼ご飯。
登頂のご褒美からか、とても豪華なご飯。
野菜をあえたパスタやツナ入りマッシュポテト、ライスやサラダなど。
同じ行程をポーターさん達は自分達以上の荷物を担いで、
さらには料理までしているなんて…

キャンプ場でのキッチン

豪華なお昼ご飯

食べた後も2時間半後の夜ご飯まで寝ることに。
明日も長いから。
それでも外ではわいわいと話し声が聞こえてくる。
グループの何人かの人はまだまだ元気なようだ。

2時間半で夕食なんて食べられないって思ったけれど、
全然そんなことはなくて、あっさりと平らげる。
メニューはスープにパスタ。
パスタは他の人には不評だったみたいだけれど、
私達2人はお皿にまさしく”お米一粒も残さないよう”にきれいに食べる。
こんなに食後の皿がきれいなのはうちらだけだ…。

食べた後、さっそく寝る準備。
今日は昨日よりも標高が高いため、もっと冷え込むだろうな。
心の中では3日目いらないから、もうマチュピチュが見たい。
少しそう思っているところがある…
明日も長い道のり。

ゆーじ

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マチュピチュを目指して~インカ古道トレッキング3日目

昨日と同様、5時半のコカ茶のサービスで目覚める。
かなりの高地なので、昨日にも増して冷え込んだ。
しかも、床が芝生でなく土だったので、借り物薄々マットレスではちょっと痛かった。。。

荷物を片付け、歯を磨きに行って帰ってくるともうテントは畳まれている。

キャンプサイト

今日の朝食はパン、パンケーキにオムレツつき!
オムレツが塩辛くて、これは私達のために塩辛くしているのか?それとももともとなのかとみんなが話し始める。
そもそもペルー料理はどこでも塩辛い。

7時には出発。
今日はだいぶ荷物を預けている人がいる。
個人の荷物を別料金(s/80)でポーターさんに預ける事ができるため、
昨日結構きつい思いをした人は預けていた。

キャンプサイトからの眺め

だいぶ高地に来たな~という感じ。
最初はまず上り。
昨日と同様石組みの階段が連なる。
ポーターさんも相変わらず早い。しかもサンダル。すごい。

ポーターさんも上る!

上り始めて30分ほどで小さい遺跡”ルンクラカイ(Runkuraqay)”に到着。
英語とスペイン語グループに分かれて説明を受ける。

ルンクラカイ遺跡

この遺跡は、チャスキと呼ばれるインカ時代の伝達人の中継点であったらしい。
インカ時代の伝達システムは、日本の飛脚と同じようにチャスキが行い、
とんでもないスピードで走り抜けていったようだ。
私達が4日がかりでマチュピチュに行こうとしているのに、
3時間近くで到達してしまうらしい。
ガイドさんたちも、かなりのスピードで走ることができるみたい。
こんな高地の山を駆け抜けられるとは、どんな体力しているんだ!

また山を上り始める。

今日も上り!

1時間半ほどで今日の最高点3900m地点へ。
昨日の上りで慣れたのか全然苦しくも無く到着できた。

標高が高いところへ行くと、だいぶ天気が悪く雨がぱらぱらと降っていた。
でも、それ以外にはずっと晴れていて、紫外線が痛いほど伝わってきた。

その後は、下りつつ、なだらかな道を進んでいく。

今日の下りはなだらか

歩くこと1時間ちかくで遺跡”サヤクマルカ(Sayaqmarka)”に到着。
この遺跡は崖の上にあり、霧に覆われていた。

サヤクマルカ遺跡

ここは農業試験場だったらしく、インカ時代には高地にどんなものが育つのか、
至る所で実験が行われていたようだ。
そのためこんな高地にも実験場があるらしい。

さらに歩いていくと、景色がどんどんジャングルの様になっていき、蒸し暑くなってくる。
周りの木々もシダやアシのような木々に変わっていた。
クスコからずっと乾燥した気候で、高地を越えて、熱帯性の気候へと移っていくのがわかる。

気候が変わっていく!

ゆるやかに降りて行き、しばらく歩いて昼食ポイントに到着。
スープにごはんとお肉。
ごはんの中に小さいパスタが混ざっていてそれがアルファベットになっている。
カナダ人の女の子がMACHUPICHUと文字パスタを並べていく…
マチュピチュまでもう少し。

日差しが突き刺すように暑い。
しばし、みんなでシエスタ。

またも歩き始めて、2時間くらいで遺跡”プユパタマルカ(Phuyupatamarka)”に。
マチュピチュまでで最後の遺跡。
今日は遺跡の見学が多く、その度に説明があるので、
のんびり進むことがきでた。

プユパタマルカ遺跡

このプユパタマルカ遺跡も農業の実験場だったと言われいてる。
よく見かける急勾配の段々畑もある。
ここにスペイン軍が侵攻して来た時は20人程度の人しか住んでいなかったらしい。

遺跡見学後、2時間ほどなだらかにひたすら下る。
途中、マチュピチュのふもとの町アグアス・カリエンテスが谷の底に見える。
もうすぐマチュピチュ。
みんな期待が膨らむ。
明日にはマチュピチュに辿り着ける。

プユパタマルカ遺跡の後、しばらく急な石階段の下りでしんどかった。

最後の下り!

しかし、後半は古道がなだらかだったこともあり、一気にキャンプ地を目指す。
2600mまで下り、キャンプ地に到着すると、ものすごい数のテント。
インカ古道トレッキングだけでなく、他のツアーの人たちもここに泊まるようで、
ものすごい数の人がここに滞在する。
ここにはなんとシャワーがあり、s/5(150円)で浴びることができ、
テントに荷物を置いて真っ先にシャワーへ行く。
熱くて気持ちい~!
そして、風呂上りのビール!
1本s/10(300円)という山価格だが、みんな達成感から飲んじゃっている!

今晩はテントではなく、レストランの中でのティータイムの後、夕ご飯。
今日は最後のご飯ということもあり豪華!豪華!
思わずみんなから拍手がもれるほど。
チャーハンやピザにチキンまで、うますぎます。
とうがらしの中に野菜などを詰めて揚げた”ロコト・レジェノ”は、ピリ辛でペルーの伝統料理。
メキシコの人はぜんぜんおいしいって食べてるけど、
ヨーロッパの人たちが辛いの全然ダメなのね。

野菜でできた鳥まで登場!

最後の晩餐withピルロさん

食事の後、ポーターさんへのチップをみんなで話し合って決めることに。
18人もいればまとまるわけもなく…なんでツアー代に含まれていないんだとか言う人もいる。
だいたい申し込みの時に聞いた金額が相場のようで、
まとめ役のピルロさんがお金を集めて回る。
払っていない人もいたようだけど…
ポーターの給料はどこから出ているのか?
チップだけの収入なんてあり得ないくらいの労働だろうと思う。
ツアー代から一部支払われていると信じたい。

最後にみんなとポーターさんと集まって、お礼のセレモニー。
日本語・スペイン語で挨拶。
おかげでとても楽しく過ごす事ができたと。

そして、みんな寝るのかと思ったら、集まって飲み始めてるし!
明日はまさかの3時半起きでマチュピチュを目指す。
早く寝ないと明日くだばってしまう~
それでも明日到達するんだっている高揚感の方が高まっているのかもしれない。

いよいよ明日だ。

ゆーじ

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マチュピチュを目指して~インカ古道トレッキング4日目

深夜からテントを打ちつくような雨。
あまり寝付けない。
3時半にテントが叩かれ起床。
まだ雨はかなり降り続いている。

荷物をすべて整理して、完全雨具姿で外へ。
4時ごろになってレストランまで歩く。
ぱらぱらとみんなが集まってくる。
全員揃ったところで朝ごはん。
3日とも同じようにパンとパンケーキ。
食べ終わっていざ出発かと思いきや、5時過ぎまでフリーとのこと。
なんでもポーターさんたちが朝一の列車でクスコに戻るために、
その準備に時間が必要だからこんなに早起きみたい。
そもそもマチュピチュへ向かうゲートが5時半にならないと開いていない。

だんだん空が白んでくると、雨も上がってくる。
希望の晴天までもう少し。

夜が明ける

5時半の出発。
すぐにでも到着かと思いきや、これが結構歩く。
やがてマチュピチュ山の裏側が見える。
まだ遺跡は見えない。
この山の向こうにマチュピチュ遺跡があるのだ。

1時間近く上り下りしながら進む。
ここまで来ると道の石畳がきちんと配列されていて、
どんどん神聖な、大事な場所に辿り着くのだなと感じる。
そして、ようやくマチュピチュの一番重要なチェックポイント、
太陽の門と呼ばれている”インティプンク(Intipunku)”に到着。

インティプンクにて

そこからマチュピチュが見える…

はずだが、深い霧に覆われていた。
まだマチュピチュの全貌は見えない。

インティプンクからマチュピチュを望む

写真の左の霧の中にマチュピチュがあるのだ。

しばらくの休憩の後、いざ遺跡へ降りていこうとした時、
一瞬霧が晴れてきて、谷底の川が見える。
マチュピチュ遺跡内の段々畑もわずかに見えてきた。
もう少し晴れてくれ!
みんなでウゥウゥオッオッって掛け声を上げて願うも…

晴れず…

霧が晴れそうな予感

インカ古道の最終地点、マチュピチュの遺跡内に。
遺跡の中の道はもう完全に整備されている。とても歩きやすい。

マチュピチュ内の歩道

ようやく遺跡の中ほどへ。
視界がだいぶ開け、遺跡の姿がわかってきた。
それでもまだ向こうにある山ワイナピチュも見えないほど霧が深い。

ついにマチュピチュへ

みんなのがっかり感が伝わってくる…
自分の中でもなんとなくそういうものかと諦めがただよってくる。

果たして今日マチュピチュの全貌を見ることができるのか…

続く。

ゆーじ

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特別な場所 霧の中のマチュピチュ

インカ古道のトレッキングは無事終了し、
晴れて達成の記念として、マチュピチュの入場券が配られた。
みんなの拍手と共に。
それだけでもとてもうれしい。

インカ古道はマチュピチュに通じているため、
その終点は遺跡の中にある。
なので、いったん遺跡外へ出て荷物を預ける必要がある(マチュピチュ内に大きな荷物は持込不可)。

このツアーで最後のガイド、マチュピチュ遺跡内のガイドがスタート。
入場するときには、パスポートに記念スタンプを忘れずに。

マチュピチュの入場スタンプ!

まず、インカ帝国の成り立ちについて説明がある。

そして、ここマチュピチュについて。
9代の皇帝”パチャクテク”が、インカ帝国の建築の発展に貢献したと言われている。
インカの技術師を集めて、今にも残るような重要な建物を建てさせた。
この皇帝の力はずいぶん大きかったようで、過去の弱小なインカを強大なインカ帝国に変えていった。
勢力範囲も北はエクアドルから、南はアルゼンチンまでと拡大していった。
マチュピチュもこの皇帝の時代に建造されたと言われている。

マチュピチュがどういう都市であったかという、いくつかの説がある。
裕福な人たちが住んでいたという説。
インカの特別な子供達を育てる養成所という説。
また、巫女を住まわせる場所だっという説もある。
とにかくここがインカ時代に特別な場所であったことは間違いない。

また、マチュピチュはほぼ手付かずの状態で発見されたため、
その当時、マチュピチュに住む人々は、
スペイン人が来ることを予期して逃げたと考えられていた。
また、スペイン人がたどり着いていないという説もあるが、
それに反して有力な説としては、
スペイン人が来る以前にマチュピチュ周辺で病気が蔓延して、
住んでいた人々がここを捨てたとも考えられている。
近くの村でインカ時代の人骨が見つかり、分析すると病原菌が見つかったため、
これが有力な説だとガイドさんは語っていた。

マチュピチュをガイドしてくれる

遺跡内に食料保存庫がある。
風通しのよい場所に作られているのがわかる。
この食料保存庫は、他の遺跡にもあり、
スペイン人が攻めて来た時、食料調達手段を持っていなかったが、
保存庫にあった食料だけで、6ヶ月以上もまかなう事ができたとのこと。
じゃがいもなどは特に保存が利いたため、長持ちしたようだ。


遺跡内を周遊する。

遺跡内を流れる水路。
水はとても神聖なものとして崇められており、
太陽の光を受けて浄化させて敷地内に行渡らせているそうだ。

遺跡内を流れる水路

マチュピチュでもっとも大事な場所。
太陽の神殿。
生贄をささげた場所。
夏至と冬至の日に光が入る窓がある。

もっとも神聖な場所 太陽の神殿

そして、太陽の神殿(下写真左)とその隣の建物の石組み(下写真右)の違いが見られる。
重要な太陽の神殿は簡単には崩れないように、地震に対応できるよう作られている。
クスコの12角の石と同じ様な石組みで、隙間がない。

太陽の神殿の壁と隣の建物の壁に違い

だんだん雨が激しくなってきた。
写真を撮ることさえもままならない程の雨。
こりゃ今日は霧が晴れることはないな…と思わざるを得ないほどの雨。
そのほかにも、3つの窓の神殿や日時計など重要な遺跡が相次ぐ…。


マチュピチュの中にワイナピチュ山という1日400人だけが上ることができる山がる。
個人で行く場合は、朝早く遺跡に来て、この山への順番待ちをする必要がある。
しかし、今日は朝からあいにくの雨、霧。

なんとお昼の12時半で385番。
ということで、遺跡の解説が全て終わることなく、
グループの中でうちら2人とポーランド人のクリストファー君だけ途中で抜けて、
ワイナピチュに上ることにした。
もちろん雨は降り続いているので、ガイドは”滑るし危険で、上っても霧は晴れないだろうし、
マチュピチュは見えないからお勧めはしないよ”って言う。
それでも3人は行ってみる。
今日のワイナピチュ山の入場者は388人のみ。
まあ、こんな日に今から上ろうって人はいないな…

ワイナピチュ山。
かなりの急な階段があり、降りてくる人は結構必死そうだった。
私達はインカ古道トレッキングで使った杖を預けられないで、
そのまま持ってきていたので、ラッキー。
あまり足に負担が掛からずすするすると上れる。
もう上りに慣れているっていうのもあったかもしれない。
さすがに4日目までこんなに歩いているのは、他のグループの人でもあまりいないようだった。

それにしても雨が止まない。
ワイナピチュの頂上にある石の上に立つとどの方角もだいたい見下ろせる。
しかし、霧のため下は真っ白。
どこにマチュピチュがあるのかもまったくわからない。

ワイナピチュの山頂から下を眺める

てっぺんでぼーとしていると、
係りの人がやってきて、もう最後だから降りようと言われる。
確かに気がつくと周りには3人以外誰もいない。
しかたなく降りようとすると、うっすらと霧が風によって流れていく。
かすかにマチュピチュが見える。
しかし、全貌が見えないまま、また霧が覆いかぶさり真っ白い世界になる。

今日は運がないか…
もう一度遺跡をまわってマチュピチュ全貌が見渡せるワイナピチュの反対側にでも行って帰るかと話をする。
ワイナピチュを降りるとやっぱり雨。

まだ見ていない遺跡内を歩く。
本当にマチュピチュの遺跡は広い。
ここに神殿や住居、学校施設などがあり数千人が暮らしていたという。
歩いて隅から隅まで行くのにも大変な距離だ。

コンドルの神殿。

コンドルの神殿

コンドルはインカの人々にとっては神聖極まりないもの。
マチュピチュにもそれを崇めるための神殿がある。
よーーーーく石の形を見ると、コンドル!

インカ古道からマチュピチュへの正式な入り口の門。

インカ古道からのマチュピチュの入り口の門

相当大きな門。
その尊厳さが伺える。

そして、門をくぐり階段を上っていき、ふと後ろを向くと霧が晴れてきた。
そして雨が止んだ。

急いで見張り小屋と呼ばれる小屋まで駆け上がる。
ここからはマチュピチュの有名な全景図が見られる。

そして、


マチュピチュ全貌

ようやく、

ようやく、

霧の晴れたマチュピチュを見ることができた。

なんとも言い難い、形容し難い空中都市マチュピチュを見て、
ぽかんと口を開けたまま見とれてしまう。

晴れたマチュピチュ

霧が晴れていた時間は夕方4時から30分のみ。
時間を忘れてずっと眺め続けていた。

再び霧のマチュピチュ。

再び霧のマチュピチュ

やっとマチュピチュを目指した私達のインカ古道トレッキングが終わった。
ずっと行きたかった場所に、ほんとうに来れて、来てよかった。
心からそう思えた。

霧の中にひっそりとあるマチュピチュは、とても幻想的だ。
周りが晴れていても、このマチュピチュの場所だけ霧に覆われていたりする。
あえてこのような自然の現象を利用して町を隠すように作ったようにしか思えてならなかった。
そして、数分・数時間だけ霧が晴れて町が全体の姿を現す。
インカの時代に人々は同じ様に晴れ間を見たのかな?
そういったことを想像させられる場所。

もしかしたら、こういった雨、霧のマチュピチュの中で、一瞬だけその姿を見ることができるという、
こういう状況が一番見れた時の感動がひとしおかもしれない。
インカ古道を歩いてたどり着いても、
太陽の門”インティプンク”まで来ないと、マチュピチュの姿を見ることはできない。
さらに霧がかかっていつも見れるわけではない。
許された者だけが見ることができるマチュピチュ。
簡単に見ちゃいけない気がしてならない。

そう、この場所は特別だなと思わざるを得ない。

霧の中 遺跡を見る

続く。

ゆーじ
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