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2010年05月

ユニバーサルスタジオで映画創りを知る

ハリウッドと言えば、ユニバーサルスタジオ・ハリウッド!!
地下鉄で行けちゃうので楽チン。
地下鉄のユニバーサル駅に着くと、シャトルバスがスタジオ前まで連れて行ってくれる。

ユニバーサルスタジオ

到着!

スタジオツアー

ユニバーサルスタジオ・ハリウッドと大阪のUFJとの違いは、「スタジオ・ツアー」と呼ばれる実際の映画スタジオを車で回るツアーがあること。
広大な敷地内に建てられた映画セットを見て回ることができる。
映画の多くの部分が実際の場所でなく、ハリボテのセットやスタジオ内で撮られている事を、このツアーで見るまで私は知らなかったのでなんだかあっけにとられてしまった。
というのも、実際の映画では本当にリアルに見えた景色が、肉眼で見ると「うそっぽい」からだ。
ニューヨークのセントラルパークとして使われているという芝生なんて、6畳くらいの広さだし、トレンディドラマ用の郊外の住宅街には造花が咲き乱れているし、ジョーズなんて大きなゴム人形みたいだ。
でも、それを限りなくリアルにするのが役者、大道具、音声、照明、ディレクターの力だと思うと、映画ってすごい!と思う。
一つ一つのシーンを限りなくリアルに創り、全体としての統一感も出さなければいけない。
2時間の映画を撮るには、頭の中にそれの何百倍の絵を描くのだろう。
それに、あんなにそっけないスタジオ内で気分を高めて演じる役者もすごい。
目線を上にすれば観光客で溢れるユニバーサルスタジオを前に、遭難した人を演じろと言われても、私にはとても無理だ。
スタジオツアーでセットを見て、映画に対する感謝と尊敬の気持ちがわいた。

ジョーズ

お決まりの場所で写真を撮ったり、乗り物に乗ったり。
ゆーやんは映画は大好きだけどジェットコースター系が苦手で、「ハムナプトラ」や「ジュラシックパーク」のようなスピードのある乗り物にむりやり付き合って乗ってくれていた。
やさしさが嬉しくて、私は横でワハハと笑っていて、本当にごめんなさい。
ユニバーサルスタジオ、めっちゃくちゃ期待して来たのだけど、思いのほかアトラクションが少なく、ラスベガスで本物のショーを観てしまったので色々見ても少し物足りなく感じてしまう。
ぜいたくやー。

一番怖かったのは、何といっても「お化け屋敷(ハウス・オブ・ホラーズ)」。
自動車で移動する形式だったら最初から最後まで目を閉じておけば終わるけど、ここのは自分で歩かなければいけない。
しかも、スタッフがお化けになって至る所で怖がらせてくれるので、心臓がいくつあっても足りない。
前を歩く恰幅のいいアメリカ男性に、私達はできるだけ離れないようにぴったりくっついて歩いていたのだけど、なぜか私達だけお化けにひっかかって何度も悲鳴を上げていた。
お化け屋敷、無理だーー。
それしにても、前の男性、どんなに暗くてもびくともしない。
脅かされても「ああ…」みたいな感じで、その度胸に私達もびっくりしていた。

殆どのアトラクションにあまり並ばずに乗れるので、16時には全部乗り終えてしまった。
といっても、営業時間は10時~17時なのでちょうどいいくらい。

空飛ぶ人

ユニバーサル・スタジオの外はお土産・レストラン街になっている。
そこで、見覚えのある風景が目の前に。
ニュージーランドにあった空飛ぶ人間じゃないですか。
下から強風が吹くドームの中に人が入って浮くという単純なしくみになっている。
飛んでいる時は面白そうだったけど、飛んでいた人は終わってからぐったりしているように見えた。
相当体力を消耗する遊びのようだ。

チャイニーズシアター前
足型

ユニバーサル・スタジオを後にした私達は、再びハリウッドのチャイニーズ・シアターへ。
シアター前にはスターの手形のタイルが敷き詰めてある。
ジョニーデップを発見し、ほくほく。
ミーハーじゃけん。

吉野家の牛丼

夕食は、念願の吉野家の牛丼。
日本の牛丼と同じ値段で牛肉が3倍入っていた。
ビバ、吉野家!

ありさ
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多様性の街・ニューヨーク

ハーレム

アメリカのテレビは先日のニューヨークのタイムズスクエアにおけるテロ未遂事件が連日報道されていて、容疑者の顔は毎日のように新聞の第一面になっている。
こんな状況で、空港のセキュリティが厳しくなっているであろう事は容易に想像できた。
案の定ロサンゼルス空港の国内線のセキュリティーは長蛇の列。
加えて私達は世界一周航空券なので、チェックインに余分に時間がかりちょっぴりヒヤヒヤした。
(アメリカン航空の国内線は預け荷物1つにつき、$25かかる。世界一周航空券の国内線は、国際線の中に含まれる国内線という扱いという事で、預け荷物の料金が掛からない。このよくわからないルールを理解するのに時間がかかる…)

私は2回目、ゆーやんは初めてのニューヨーク。
人々がそれぞれの夢を求めて動く「エネルギーと希望に溢れた街」という印象は10年前に来たときと変わらない。
でも、9.11以降、ニューヨークは確実に変わったと思う。
ニューヨークの人々はいつテロの標的となるかもしれないという不安を抱えながら暮らさなければいけなくなった。
前に来たときはただただ世界の最先端であることばかりが目に付いたけど、今回は違う面が見えてくるかもしれない。

同じ都会でもロサンゼルスとニューヨークは全然雰囲気が違う。
ロサンゼルスはヒスパニックが圧倒的に多いけど、ニューヨークはより人種が多様。
地下鉄にも黒人、ヒスパニック、華僑、ヨーロッパ系といろんな人種が乗っている。
建物も全く同じものがないと言っていいほど、それぞれ独特で見ていて飽きない。

いろんなものがごちゃまぜに密集しているので一見無秩序のように見えるけれど、不思議とシステマチックに街は動いている。
道は碁盤目状に整備されているので迷うこともないし、地下鉄・バスなどの交通網も発達している。
街を歩いている感覚では、ロサンゼルスのほうがよっぽど治安が悪いように感じた。
ニューヨークは危ないとされる地域に近づかなければ基本的に大丈夫だけど、ロサンゼルスは観光地から一本道をそれると何が起こるか分からない雰囲気がある。
といってもニューヨークの治安が保たれているのは、自然にそうなったのではなく、そこら中で警察が待機して必死で治安を守ってくれているおかげなんだろう。

何よりも他の街とニューヨークの圧倒的な違いは、スピード感だ。
ニューヨークの人は歩くのが早い。
赤信号で待っている人はほとんどいないし、ファーストフード店で何を注文するか迷っているとイライラされる。
せかせかした感じは、ちょっと東京に似ている。
より新しいもの、より裕福になれるものを求めて人が動くと、時の流れはこうなるのだろう。

母の日

そんなニューヨークも、明日は母の日。
宿のあるハーレムも、カーネーション売りが道行く人に声をかける。
呼び声につられて買っている人も結構多く、その姿がほほえましい。
せかせかした日常で、誰かを想って花を買う時間、そんな時間が毎日の日常になればどれだけ豊かだろう。

ありさ
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憧れのマンハッタンを体感

NYに来たら何をしよう?
やはり美術館巡りでしょう。
ということで、まずは宿に一番近そうなグッゲンハイム美術館に行く。
(正式名はソロモン・R・グッゲンハイム美術館)

グッゲンハイム美術館

建物はなんと、フランク・ロイド・ライト!
外見からして、おもしろい。スタートレックにでも出てきそうな宇宙船のような形。
バームクーヘンが積み重なったような、くるくる美術館。

くろくるの中に入って、思わずその円の中心から上を見上げてしまう。
そして、その構造に驚かせられる。
中央が吹き抜けで、その円の外周に美術品が展示されていて、外周を歩いて美術品を鑑賞する。
本来は、最初に一番上の階に行ってぐるぐる下に降りながら見る。
私たちは間違えて下から登って行った。
途中で解説が作品を見終わった後にあるので、変だと思っていたけれど…。
6階構造で一番上から下を見ると、結構怖い。
内周の壁が腰よりも低い位置にあるので、落ちそう。

グッゲンハイム美術館 中から天井を眺める

回廊の美術品は常設展ではなく、今回はモダンアートの展示だった。
杉本博司さんの、作品が展示されている。
水平線の写真が有名だけれど、昔にダイアナ妃のポートレートを撮ったものまであった。
そのダイアナ妃の印象的な顔が忘れられない。

常設展には、ピカソ、モディリアーニなど有名な作品もずらり。
NYに来る飛行機の中でやっていたコメディ映画(When in Roma)にグッゲンハイムが登場。
そこに出てきたまさにその場所で、その画が展示されていた。
中でもピカソの”黄色の髪の女”は素敵だった。
愛する女性をここまで感情豊かに描けるとは、すごい。
同じ様にモディリアーニ(?だっかどうか忘れた)が描いていた奥さんの姿も心がこもっているようで素敵だった。


グッケンハイムの目の前はセントラル・パーク。
この公園を挟んだ道路が5thアベニューで、ここを南下すると、有名なブティック街。
バスに乗り、まさにNYという感じの通りを眺める。
そしてダウンタウン辺りのチャイナ・タウンへ。

どこかの町に行くと必ずチャイナ・タウンに行っている。
それはおいしいご飯に出会えるから。
NYのチャイナ・タウンはすごい人でごったがえしている。
地元の人で込み入っているお店に入り、炒飯とワンタン麺を頂く。
やっぱり中華ですね~。

チャイナ・タウンのすぐ隣はリトルイタリーと呼ばれている町。
チャイナ・タウンのま隣にあるのに、一歩その地区に入れば急にイタリアになる。
レストランテが並び、まさにイタリア人なカメリエーレが呼び込みをしている。
この地区を歩きながら街並みがゴットファーザーじゃん!って思い出す。
この辺りは昔マフィアの縄張り争いがあったんだな~と映画で得た知識で街を楽しむ。


お次はエンパイアステート・ビルへ。
夜だと夜景が楽しめるかもということで日が落ちそうな時間から向かう。

その展望台に立って目にしたNYはやっぱりすごかった。
ブエナビスタ・ソシアル・クラブで、ルーベン・ゴンザレスがここに観光に来る映像があった。
その時の彼の印象を思い出す。そこから見える自由の女神は確かに小さかった。
それでも、NYの街が作り出すこの景色は素晴らしかった。

マンハッタン 南側を望む

南側のダウンタウン方面は、ビジネス街がマンハッタン島の先に密集し、そこに高層ビルが建っている。
そこにワールド・トレード・センターがあった。
そこまで延びる光の帯は消えることは無いよう。

マンハッタン 北側を望む

北側には、タイムズ・スクエア(写真の左の激しく光っているところ)などがあり、その向こうにセントラルパークがある。

光に溢れる街。
このビルの下にはすごく多くの人がひしめきあっている。

その多くの人達が集まるタイムズスクエアに寄って帰る。
昨日までテロ未遂があって、危険かもと思っていたのが嘘のように平然としている。
その代わりすごく多くの警官を目にする。

それでもタイムズスクエアは夜になってもとんでもないくらいの人で溢れている。
ミュージカルや数多くのメーカーのビルボードが輝き続けている。
新宿よりも健全に輝いているように見える大都会のど真ん中。
この人の多さと都会的なスピードに、ひどく疲れなんだかイライラする自分がいる。

タイムズ・スクエア

ゆーじ
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NYでイサム・ノグチを巡る

私たち達は、ほとんど前もってその場所の観光地などを調べないで現地入りして、
その場で行くところを決めているのだけれど、
NYに来て、いろいろとこの街について知っている事が結構多いことに気が付く。
今までNYに行くことは無いだろうなって思って、
適当に読み飛ばしていた情報を今になって記憶の奥底から呼び起こしている。

そこで急に思い出したのが、イサム・ノグチの美術館がNYにあること。
一昨年、香川のイサム・ノグチ庭園美術館に足を伸ばした時に、NYにも美術館があることを知った。
香川では、今まで見たことの無い石を使った表現に圧倒された。
それがNYではどんな風に見えるのか?興味が湧いたので行ってみる。

マンハッタン島の東にあるロング・アイランドという地区へ。
適当に地下鉄を降りて歩いたので、えらい時間がかかった。
何も無い倉庫街のような場所に、えらく洗練された美術館がある。

イサム・ノグチ美術館

ここにアトリエもあったらしく、ノグチさんはここと香川を行ったりきたりしていたよう。
香川の美術館は、山の麓で展示はかなり和のテイストが濃く、
納屋に展示されている巨大な作品はその空間でこそ、その迫力が感じられるといったものだった。
一方ここNYの美術館は、元ガソリンスタンドだったとか。
画廊のような場所に、数多くの作品が展示されている。
さすがNYというのか洗練されている。
作品はその作品がある場所、環境でだいぶ印象が変わるんだということに気がつかされる。

イサム・ノグチ美術館

イサム・ノグチは日系アメリカ人で、
第二次大戦時当時から、その両方の血が流れている事で苦しんできた。
アメリカの大統領慰霊碑のデザインは、日系人という事で拒否され、
広島の平和公園のデザインは、アメリカ人という事で拒否された。
しかし、仲間であった丹下健三のプランが平和公園に採用され、
そのデザインは、イサム・ノグチのデザインを元にして作られたそうだ。
仲間の広がりが彼をとても助けていたように感じた。

美術館のEducationProgramで、
イギリスの彫刻家ピーター・ランデルページさんの講演があったので聞いてみることに。
美術に詳しくないので、もちろん初めて聞く名前。
作品をスライドで見せながら、ひとつずつどういう思いで作り、どういう意味合いがあるのかを説明していく。

印象的なのが、自然界のもの、特に植物の種からインスピレーションを得ていること。
種はひとつの物体なのに、複雑なものに変化していく。
それが可能性の宝庫だと感じているということ。
動物の縞は、カモフラージュのためにあるように、
自分で作った作品の縞も、背景と同化するように作るようになったということ。

アーティストに触れると、自分の遠く及ばない考えを知ることが出来る。

Peter Randall-Page - 作品の写真をいくつか見ることができます。

The Noguchi Museum - NYのノグチ美術館
イサム・ノグチ庭園美術館 - 日本、香川 高松にある美術館


マンハッタンに戻り、昨日バスから見た5thアベニューを歩いてみる。
高層ビルに囲まれているけれど、きれいにストリートが区画されているため、ストリートの向こうに空が見える。
大都会だけど少しでも広く空が見えるなんて、ちょっといいなと思う。

NY5番街

有名なロックフェラーセンタービルに。
ここにはイサム・ノグチが製作した彫刻が壁にある。
かなりの迫力でビルから人が迫ってくる感じがする。
抽象的な石像だけでなく、こういうわかりやすい作品があってうれしい。

ロックフェラーセンターのノグチ作品

そしてまたNYの街をぶらぶら。
なんだか都会の風景が画になる。
写真をいっぱい撮って、いっぱい歩く。

ゆーじ
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アーティストはここにいる

マチスの絵の前で

MOMA(ニューヨーク近代美術館)へ。
2004年に日本人建築家の谷口吉生の設計で再オープンしたそうで、10年前に来たときよりも展示物が多く、建物自体も大きくなっている。
前に来た時は、壁から吊るされた紐や、ブリキの箱なんかを見ながら「現代アートってよくわからない」と思ったけど、今は音声ガイドを貸し出ししてくれるのでだいぶ理解しやすくなっている。
解説を聞いても全く理解できない作品もあるし、逆に説明を聞かなくても一瞬目にしただけで釘付けになってしまうものもある。
10年前にも釘付けになって立ち止まっていた作品の前では、今回もやっぱり立ち止まる。
加えて、他にも面白い作品を発見。
自分の中で変わったところと変わらないところがあるのだろう。
アートを見ている時、人は自分とも対峙している。

Marina Abramović アーティストはそこにいる

私達が訪れた時、常設展の他に2つの特別展が開催されていた。
最上階の特別展では、いきなり裸の男女が向かい合わせに立っている。
これは、マリア・アブラモビッチのボディ・アートのひとつ。
他にも彼女の特別展では背中合わせに座った男女の髪の毛が結合していたり、骨を抱いた裸の女性が横たわっていたり。
今日は他にもいろいろ見たはずなのに、脳裏にはこの人の作品ばかりが強烈に印象に残っている。
生身の人間は特に記憶に残りやすい。

アブラモビッチは作品が衝撃的なだけでなく、生き方も衝撃的。
自分の鼻の形が気に入らなかったため、
くるくる回転して目を回した衝動でベッドに鼻をぶつけてベッドの角で鼻を折ろうとしたり、
恋人と万里の長城の両端からそれぞれ歩き出して真ん中で出会って別れたり。
同じものを見て、同じ事を体験しても、この人は全然違う感じ方をするのだろう。
それだけ感情が豊かで、溢れる感情を表現せずにはいられない人なんだろうと思う。

「アーティストはここにいる」というテーマで開催中のアブラモビッチの特別展では、本人も展示の一部として登場している。
入館者の一人とアーティスト本人が向かい合って無言で座るという作品で、
少しの間で耐えられなくなって立ってしまう人もいるし、長時間座り続けられる人もいる。
知らない人同士が言葉を交わさなくても、向かい合って座れば二人の間に何かが生まれるかどうか実験しているかのようだ。
今までいろんな美術館に行っても、鑑賞者を巻き込んで一緒に作品を創るという現場に出くわしたのは初めてだ。

マティスが上の写真の「ダンス」の絵を発表した当時、誰もそれを評価する人はいなかったという。
今までにない新しい表現方法は、はじめは理解されにくいし、受け入れられにくい。
でも今ではこの絵は「平和」や「協調」の象徴とされ、絶賛されている。
今新しいとされるアブラモビッチのボディ・アートや、鑑賞者との双方向性のアートは、今はまだ理解されにくいけれど、
彼女が自分の表現したいコンセプトを彼女のやり方で伝え続ければ、受け入れられていくと思う。
実際、彼女が初めて向かい合う裸の男女のボディ・アートを発表した時は警察が来たというけど、
今ではアートとして認められMOMAでも再現されている。

もう一つの特別展は、フランス人アンリ・カルティエ・ブレッソンの写真展。
もともと画家を志望していたためか、彼の写真は構図がとにかくかっこいい。
何でもない風景の一瞬をとらえた彼の写真が強烈に印象的なのは、その写真が人の動きをとらえているからだろう。
ジャンプしている人、笑っている人、ラジオに耳を傾けている人、熱心に新聞を読んでいる人。
そこに写っている人は今にも動き出しそうだ。

この人の写真の中で、被写体が静止してカメラに目線を向けているものは殆どない。
どれもが自分達の世界にいる人たちを捉えた写真で、被写体はカメラマンを全くと言っていいほど意識していない。
なので、写真を見ている側も、片意地張らずに自然に写真の世界に入っていく事ができる。
人物写真が上手い人は、それだけ被写体との信頼関係を築くのが上手い人だと思う。
以前、スリランカでカメラマンの撮影に同行したことがあるが、
その人は全然知らない人たちの住む地域に入って写真を撮る時、とにかく笑顔で近づいてシャッターを切っていた。
人物写真を撮る上での配慮を感じた。
別の機会にブータンを旅した時、とにかく現地の人に声をかけまくってカメラの方を向いてもらい、
正面から写真を撮っている人を見かけた。ただモノとしての人の写真を量産しているようで、なんとなく嫌な感じがした。
ブレッソンが異国の地で人物の写真を撮る時、どんな感じで撮っていたのかふと想像してみる。
写真を見ると、彼は風景の一部のように、風のようにその場に溶け込んでいたのではないかと思った。

ガンジー暗殺や中国共産党政権の成立といった歴史が動く局面に居合わせ、
そこに入っていって瞬間を捉えた彼の写真は、多くの雑誌の紙面となった。
撮りたいものを撮るだけでなく、どこで何を撮るべきかを判断できる人だったのだろう。

キャンベルスープ前で

身体の切り抜き写真前で

合衆国国旗前で

今日は大切な友人が入籍した日。
アートを見ながらもそれを鑑賞するカップルに目がいってしまう。
同じ時をたっくさん共有して、ラブラブでいてくださいませ~!!

ありさ
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