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[30カ国目 マリ]ドゴン

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ガイド探しに難航 ~ ドゴン・トレッキング1日目

ドゴン地方には、高さ300m、長さ200km以上にわたって続く崖があある。
この断崖沿いには、約700の村が点在し、約25万人が住んでいる。
そのいくつかの村々を訪ね歩くのがドゴン・トレッキングだ。
ドゴン・トレッキングが有名なのは、ドゴン族の独特の文化だけでなく、
崖にへばりつくように点在する世界最小のピグミー族の住居跡が見られるからだ。

昨日、モプティの宿のスタッフにドゴン・トレッキングに興味がある事を話したのだが、
その後の勧誘がとてもしつこい。
断り続けていたのだけど、
一息ついて休憩するタイミングを見計らってやってきては勧誘してくる。
そして寝ようとした時、最後の勧誘にやってきて破格の料金を提示してきた。
「この料金だったらタダ同然。なぜ行かないんだ」との事。
でも、何日か常に行動を共にするガイドさんは信用できそうな人を選びたいし、
できればドゴン地方出身で地元に詳しく、郷土愛のある人がいい。
ガイドがどんな人なのかの質問は「大丈夫だ」とあやふやにかわして、
料金の安さばかりを強調するのがひっかかって、きっぱりとお断りすることにした。

そういう訳で、今日はドゴン・トレッキングの拠点となる町バンディアガラまで行って、
自力でガイドを探さなければならなくなった。
早朝「バシェ」と呼ばれる乗り合いタクシーで隣町のセヴァレへ行き、
そこから運良くバンディアガラ行きの乗り合いバスに乗ることができた。

こうやって書くとスムーズな移動のような感じだけど、
乗り合いバスやタクシーは人数が集まらないと出発しないので、
実際はいつ出発できるのかわからずひたすら待ちぼうけをくわされ、
出発したらギュウギュウ詰めの車内で身体を縮こませて、
何度も改造や修理を加えたオンボロ車が故障しないのをひたすら祈って移動する。

そんなこんなで、そんなに遠くない距離だけど、
バンディアガラに到着したのは昼時になっていた。
到着したら客引きが群がってくるのを想像していたけど、
オフシーズンのせいか着いてみると誰もいない。
歩き出すと1人声をかけてきたので聞いてみると、
信じられないくらい高額だったので断る。

断ったものの、このままガイドが見つからなかったらどうしようと不安になってきたので、
とりあえず一旦落ち着くためにカフェに入った。
コーヒーを飲んでいると、また客引きに声をかけられた。
料金も想定内。
ほっとしてガイドは誰か聞いてみると、
その辺にいたバイクタクシーの兄ちゃんを連れてくる。
英語もたどたどしく、兄ちゃん自身が慣れない様子なので、
ガイド証を見せてと言うと、やっぱり持っていなかった。
ドゴンは自称ガイドのトラブルが多いので、政府公認ガイドにはガイド証が配布されているのだ。
やれやれ。
客引きのおじさんに、ちゃんとガイド証を持っているガイドを連れて来てくれるようにお願いする。

待っている間、人のよさそうな若い兄ちゃんがお店に入ってきた。
たった今、南アフリカ人のガイドを終えて帰ってきたばかりとの事。
私達がこれからトレッキングに行く予定だと伝えると、
ちょっと待ってと言って去っていく。

しばらくすると、トレッキングを終えてホテルに戻っていた南アフリカ人の男性と一緒にやってきた。
南アフリカ人男性曰く、
「このガイドはホントにいい奴で信用できるよ。
 素晴らしいトレッキングだった」との事。
ホテルに戻って休憩していたのに、それだけを伝えるために私達のいるカフェまで来るなんて、
よっぽど満足のいくトレッキングだったのだろう。
でも、もう客引きにガイドを連れて来てくれるように頼んじゃったからなぁ…。

そんなやりとりをしていると、客引きのおじさんが体格のよいガイドを連れてきた。
少し話しただけで、彼が経験を積んだベテランガイドだとわかる。
でも、私達の性格には、がんがん説明をし続けてくれそうなベテランガイドより、
そっと気配りをしてくれそうな若い兄ちゃんの方が合うのではないかと感じた。
そこで、
「本当に申し訳ないけど、できればこちらの若い兄ちゃんにガイドをお願いしたいのだけど…」
と客引きのおじさんに言ってみた。
そんな事は無理と断られるかと思ったけど、割とあっさり承諾してもらえて拍子抜け。
結局、めでたくその若いやさしそうな兄ちゃんとトレッキングに行くことになった。

彼の名前はシンガディ。
観光客が訪れるルートとは外れた場所にあるドゴンの村の出身だ。

バンディアガラから最初のドゴンの村までは、バイクの後ろに乗って向かう。
舗装されていないデコボコ道なので、必死でつかまる。
直射日光と乾いた風のせいで、口の中がカラカラになる。

約1時間バイクで走り、ようやく最初の村ベニマトに到着。
移動で体力を消耗してぐったりしていると、
シンガディが昼寝用のマットレスを用意してくれた。
陽射しが弱まるまで、しばらく横になっていていいとの事。
目をつぶるとあっという間に寝てしまった。
1時間くらいして目が覚めると、そろそろ村を案内しましょうかと声をかけられる。
シンガディは、いつも私達のペースに合わせた絶妙のタイミングで声をかけてくれるのだ。

ベニマト村の家

この村は、崖の上にある小さな村で、人口は約150人。
アニミズムを信仰する人が殆どだけど、キリスト教とイスラム教の信者もいる。

ベニマト村のビューポイント

まずハンターの家を見学した後、
シンガディが「すてきな場所に連れて行ってあげる」と言うので付いていくと、
崖の下が一望できる場所にきた。
一面土色の乾いた大地に、ところどころ村が見える。
そよ風がとても気持ちいい。

夕焼け

その後、ゆっくり崖を降り、平坦な道を約2時間歩いて今夜の宿がある村へ向かった。
シンガディは口数は少ないけれど、質問すると丁寧に納得するまで説明してくれる。
そして、ちょっと喉が渇いてきたなと思う絶妙のタイミングで休憩を入れてくれる。
シンガディのお陰で、明日からも心地よくトレッキングできそうだ。

寝床はモプティの宿と同じく建物の屋上にマットレスを敷いただけだけど、
空を見上げると、まるでプラネタリウムのようにたくさんの星が煌いている。
そういえば、今日はゆーやんの誕生日。
昨年の誕生日もグランドキャニオンにいてケーキもプレゼントもなしだったけど、
そこには大自然があった。
きっとゆーやんが一番快い場所で誕生日を迎えるように自然に導かれているのだ。

一方、かわいそうに本人は寝る直前に熱中症気味になって熱にうなされていた。
とにかく、お誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。いつも楽しいをありがとう。
来年も再来年もずっと、星の下で一緒に誕生日を迎えられたら素敵だと思う。

ありさ
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崖にへばりつく住居 ~ ドゴン・トレッキング2日目

昨日の熱中症による熱も下がり、なんとか復活。
暑さを甘く見てはいけないなとつくづく思う。

朝6時半頃には別のグループは歩き始めていた。
結構な距離を歩くのだろうか。
私たちといえば、その時間から朝食を食べ始めていた。
7時半出発と昨日言っていたけど、7時くらいには出発することになった。
とにかく日が上って暑くなりきる前に目的地まで行っていないと、
昨日と同じ様にしんどいことになってしまうから。

朝は涼しいと思って歩き始めても、私たちにとっては暑いことには変わりなく、
すぐに喉が乾いてくる。
シンガディは気を利かせてくれて、
昨日よりもこまめに水は大丈夫かと聞いてきてくれる。
今日は遠慮せずに聞かれたらとにかく水を飲むようにした。

ミレット畑の中を1時間と少しだけ歩くと、
エンデという、わりかし大きなこぎれいな村に到着。
8つの村からなり人口が8000人もいるという大きさだ。
小学校は9校もある。
1家族だけが昔ながらにまだ崖にある家で暮らしているそうだ。

ここで今日の午前中のウォーキングは終了。

短い。。。

しかし、もうすでにかなり暑くなっていて、
これ以上歩くと身の危険を感じてしまうような気さえ受ける。

それから、少しだけ村を歩いて周る。

大きな木の下の日陰では、女性たちがミレットの実を砕いている。
村では子供たちも同じ様にお手伝い。
作業をしている所に行ってみると、手伝わせてくれたが、ありさだけ。
これは女の仕事だという意識があるようだ。

ミレットを叩く女性たち

トグナという集会所も各村に見られる。
集会所では、村の決め事や問題解決が話し合いでなされていたそうだ。
しかし、ここには女性が近寄けない。
トグナは基本的に木、石などの柱で支えられ、ミレットで屋根が覆われている。
なぜこのように背が低いかというと、
議論の最中に、カッとなって立ち上がると頭がぶつかるから、
わざと低くして、何事も冷静に…ということだそうだ。
なるほどの知恵だな~と感心。

集会所

写真は、明日訪れるカニコンボレの集会所。

しばらくするとすぐに昼食。
そして、マットレスが用意されて、そこでお昼寝タイム。
なんと楽チンな行程だろうか。

夕方4時くらいまで特にだらだらと過ごし、次の村に向けて出発。
また同じ様に1時間ちょっとで、テリという村へ。
ここは世界最小の民族と言われるピグミー(テラン族)とドゴン族が昔暮らしていた住居が近くで見れるということで、有名だ。

到着して、その住居跡のある崖に行ってみる。

テリのピグミー・ドゴン住居跡

ピグミー達が最初にこのようにバンディアガラの崖にへばり付いた住居に住んでいたそうだ。
崖の上の方の丸みを帯びた円筒型のものがピグミー族の住居。
昔は今のように大地に草木が無かったわけでなく、
かなり背の高い木々が生い茂っていたそうだ。
その木々を伝いこの高さの住居まで、食料や水を運んでいた。

その後、ドゴン族が住むようになり、ピグミーよりも大きな住居を作った。
ピグミーの住居よりも下に位置し、四角い形をしている住居がドゴン族のもの。
住居だけでなく、倉庫群も見られる。
彼らは木々を切り、農耕をするようになったため、
ピグミーが狩をしていた動物たちがいなくなった。
そのためピグミーは大陸を南下し、土地を移っていったとのこと。

そして木々が無くなり、ドゴン族も崖の上での生活が不便になっていったため、
その住居を放棄し、今の様に崖の下に降りてきて住んでいる。
この村の側の崖には簡単に行けるが、
昨日から歩いて見てきたバンディアガラの崖には、
ここよりも高い箇所、登るのが不可能なところに住居の跡が見られた。
ここの住居跡はかなり保存状態もよく、
どんな暮らしをしていたのか想像を巡らし易いのではと思う。

テリのピグミー・ドゴン住居跡 動物のレリーフ

動物のレリーフは、この動物に付いて行くと水が出たという言い伝えから神聖なものとして祭られているとのこと。
動物と言えば、灰皿にカメが多く使われていた。
なんでカメなんだろうと不思議に思っていたら、
昔ドゴンの人々が食事をカメに食べさせて毒があるかどうかを確認していたらしい。
カメがいなさそうな所だけれど、動物っていろんなところでいろんな役割を昔から担ってきたのだなと関心してしまった。

テリのピグミー・ドゴン住居跡 長老の家

ホゴンという村の長が住んでいた装飾された場所。
ホゴンは、宗教上の最高聖職者であり最も神に近い存在だったそうだ。
妻や子供も含め、すべての人との触れ合うことが禁じられ、
多くのタブーを守らなくてはならないらしい。

知られざるドゴン族の暮らし。
いろんな疑問が沸いてくるが、どれもシンガディが晴らしてくれる。
見るものすべてが新鮮で、とても充実しているな思えるドゴン・トレッキング。


夜、チャンピオンズリーグの準決勝バルセロナ対レアルマドリードがテレビで行われていた。
なんとテレビを見るためにジェネレーターを使って、発電し、
広場にテレビを出してきて、村中の子供や大人たちが集まって観戦している。
まるで戦後の日本の様に街頭放送をしている。
テレビの前で目を輝かせる子供たち。
メッシが映ると、子供たちはメッシだメッシだ騒いでいる。
サッカーは世界中で愛されているなと感じる。
特にバルセロナは。メッシのユニフォームは世界中でどれくらいの人が着ているんだろうか。
なんとも素敵な光景を見れたな~と感心してしまった。

ゆーじ
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ゆる~りシンプル 市場見学 ~ ドゴン・トレッキング3日目

オバマ君

トレッキング最終日。
朝、テリから約1時間歩いてカニコンボレ村に到着。
到着すると、村をぐるりと散策。
家の土壁を塗りなおす作業、子ども達のビーズ遊び、日干しレンガ造りなどを眺める。
他のドゴンの村と変わらない日常風景。
歩いていると、米国大統領オバマさんのTシャツを着た男の子に出会った。
マリでは、オバマさんグッズをほんとによく見かける。
子どもの名前を「オバマ」と付ける親までいるそうだ。
それくらい、黒人初のアメリカの大統領が誇りなのだろう。

カニコンボレのマーケット

この村では、マリの他の村々と同様に週に1回定期市が開催されており、今日がその日にあたる。
10時くらいには人が集まってくると聞いていたけど、全くその気配はない。
それから3時間待って1時くらいにやっと人が集まり出した。
近隣の村々からトラックの荷台や徒歩でたくさんの人がやってくる。
30分もすると、あっという間に広場が人で埋め尽くされた。

背負ってきた布や籠をぱっと置いたら、それでお店が誕生。
売れ残ったらまた布を巻いて、籠を頭にのっけて持って帰るだけだ。
市場には特別な屋根もなくて、シンプル。
自分の家で取れたものや作ったものを持ってきて売り、
売るだけじゃなくてそこで買い物も済ませる。
売っている人しかお客さんがいないんじゃないんかと思うくらい、
売っている人同士で買い物をしている。
それを眺めながら、もともと市場は物々交換の場だったと思い当たる。

ドゴンの女性は身体の線が出ないダボっとした服を着ている人が多い。
先日訪れたジェンネの市は、色とりどりの服が行き交い、
市場全体がお花畑のようで活気に溢れていたけど、この市はそれほど派手な印象がない。
服の柄や色も地味な感じで、人々も買い物に夢中というより、
知り合いとのおしゃべりをゆるりと楽しんでいる。
売っている商品も、プラスチック製品はほとんど見当たらず、野菜がメインで他は陶器など。

見ていて面白かったのは、市場が始まる前から早々に準備していた水瓶屋さん。
大小40個くらいの水瓶を運び込んでいるのを見て、そんなに売れるのかなぁ?と思っていると、
これが飛ぶように売れるのだ。
しかも、大きい水瓶から売れていく。
私たちが市場を去るころには小さい水瓶が3個残るのみとなっていた。
それにつられて「俺もあの水瓶買って帰ろうかな~」と意味不明の発言をするゆーやん。
いやいや、質がいいから売れているのじゃなくて、
割れやすいからすぐに買い換えなきゃいけないのかもよ?

3時ごろ、灼熱の中乾いた風を浴びながら、再びバイクでバンディアガラへ戻った。
多めのチップをシンガディに手渡す。
ドゴン・トレッキングがこんなにも心地よかったのは彼のおかげだ。
セヴァレ行きの乗り合いタクシーが本当に出発してくれるのか、
気をもみながら1時間待ち、乗り合いバスに乗り継いで、夜モプティに戻った。

ドゴンの殆どの村には、電気もガスも水道もない。
文明はないけれど、ゆったりとしたリズムがある。
朝、女性達が頭の上にバケツを乗せて、共同の井戸と家を何往復もしながら水を運ぶ。
夕方、家族がわいわい集まって火をくべながら夕食を作る。
夜、満天の星空の下マットレスを敷いてゴロリと横になる。

日の出と共に一日が始まり、日の入りと共に一日が終わる。
この3日間のトレッキング中、今までになく心がゆったりとときほぐれていくのを感じた。
人は、自然のリズムと一緒に生活するのが一番自然だからなんだと思う。

ありさ
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