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[20カ国目 パラグアイ]エンカルナシオン

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ブラジル・ビザ申請待ちに日本食でも

朝6時にアルゼンチンとパラグアイの国境へ。
そこからしばらく行くと、エンカルナシオンという町に到着。

ブエノス・アイレスの大都会から来ると、この町の田舎っぷりとのギャップに驚く。

かなり暑く、蒸し蒸ししている。
赤土に、たまに降るスコール。
なんとなくアジアのどこかの国に似ていると思わざるを得ない。
人々も白人よりも、先住民との混血と思われる人を多く見かける。
チリ・アルゼンチンと発展していた国に居たので、
パラグアイも同じ様なものと勝手に考えていたけれど、
全然そんな風なところを感じられなかった。
どちらかと言うと、ボリビアに近いためか、同じように貧しいのかなと思ってしまう。

この町に来た理由は、ブラジルのビザが簡単に入手できるというのを聞いていたため。
通常、ブラジルビザの申請は、用紙に記入し、ブラジルへの入出国の証明が必要だったりと、
かなり面倒であるらしい。
けれど、この町のブラジル領事館で申請すると、そういう手間が一切掛からないとのこと。
さて、真実はいかに?

朝10時くらいにブラジル領事館へ。
ビザを作りたいというと、パスポートと写真1枚にお金(2011年2月現在 現金のみ、G150,000 約3,000円)を渡し、
そこに置いてあるPCを使って、申請フォームの項目をその場で埋めていく。
ブラジルでの滞在先は記入する必要がない。
今、泊まっているホテルの連絡先を書類にサインする時に必要なだけ。

その間に、まあコーヒーでも飲みなさいと勧められ、えらく親切に対応してくれる。
13時にはできるからと言われる。
早い。あまりに簡単すぎてほんまかいなと疑ってしまいたくなる親切さと早さだ。

13時過ぎにもう一度行くと、パスポートにびしっと完璧にビザが作成されていた。
写真入りのビザなんてあるのね。。。

ブラジルビザ

しかも、2週間の滞在予定しか申請していないのに、90日間のマルチビザになっている。
いや~ありがたい。
これで安心してブラジルに行ける。

ところで、ビザができるまでの間、
領事館で一緒になった日本人の龍馬君と日本食を食べに行くことに。
なんとロンリープラネットに”Hiroshima”というお店が載っている。
広島県人としては、行かないわけにはならんということで、うきうきして行ってみる。
まさかお好み焼き屋ではないだろうなと思いつつ、
行ってみると、かなりの大きく広いお店。

メニューを見ると、想像以上にいっぱい料理がある。
そして、なかなかお手頃なお値段。
何を食べていいか決めかねる。
悩みに悩み抜いて、定食のトンカツをいただく。
いや~おいしいわ。
普通にトンカツソースもある。
味噌汁がうまい。ミニコロッケもオクラのおひたしもうますぎ。

トンカツ定食

パラグアイには日本人が多く移住し、今でも多くの方が住んでいるのは知っていたけれど、
この小さな町にもこんな大きな日本食屋さんがあり、
ここまで充実したメニューを出しているとは、正直驚いた。
そして、お客さんも日本の方々だけでなく、
地元の人たちも多いようだ。受け入れられているんだなと感じる。

ご飯を食べ終わる頃には、ビザができあがる時間。
ちょうど13時を過ぎていた。
なんとも優雅な待ち時間なこと。

ゆーじ

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貸切り世界遺産トリニダーと日本人移住地ピラポ

あまり多くの人が訪れないらしい、パラグアイ唯一の世界遺産トリニダー遺跡へ。
行ったことのある旅人に感想を聞いてみると、
「観光客はいないけど、個人的には好きでしたよ」「近くに行くなら行ってみるといいと思いますよ」
と、勧めていいものか迷いながらも好印象だったという人に何人か会った。
それらの感想がなんとも気に入って、期待しながらバスに乗り込む。

それにしても、パラグアイのバスは古い。
チリやアルゼンチンを旅した後に来ると、国境線を越えるだけでこんなに国力が違うのかとびっくりする。
地元の人達で溢れたローカルバスは、数分走るごとに停車しまくり、
その度に焼きたてのチパ(パラグアイのパン)売りや冷たい水売りや
わけのわからない便利グッズ売りが乗ってくる。
この便利グッズ売りのおじさん、かなりプレゼン上手で、
乾電池や懐中電灯やコンセントやペンが飛ぶように売れていた。
遺跡まで1時間弱で到着するはずが、2時間近く経っても着かず、
あまりにも暇で、小さなパラグアイ国旗がくるくる出てくるペンをうっかり買いそうになってしまった。

あまりにも到着しないので、不安になって周りの人達に「遺跡、まだだよね?」と質問し始めた頃、
やっと到着。
バスを降りた場所は、ただっ広い緑が広がる何もない所で、本当に遺跡があるのか不安になる。
一応、遺跡の入り口らしき門があったので、そこをくぐるも、民家が並んでいる。
しばらく歩くと、やっと入場券売り場が見えた。
中にはものすごく暇そうにしているスタッフが3人。
指さされた遺跡の方を見てみると、草原が広がり、人っ子一人見当たらない。
期待以上のひと気の無さとのんびり加減に嬉しくなる。

緑の多いトリニダー遺跡

トリニダー遺跡は、パラグアイで最後に建設されたイエズス会伝道所だ。
17世紀~18世紀、イエズス会の宣教師達がパラグアイ南部、 アルゼンチン北東部、ブラジル南部に入植し、先住民のグアラニー族にキリスト教を普及させるため、共同生活を営みながら農耕中心の自給生活を送った。
各地で教化集落が建設され、集落内には住居、教会、学校、墓地、野菜畑などが造られた。

アーチから遺跡を望む

先住民の人々の住居跡 トリニダー遺跡

大教会跡 トリニダー遺跡

トリニダー遺跡でも、だいぶ形が崩れているものの、それぞれの建物は元々何であったのか想像がつく。

1767年、スペインが自らの統治の及ばないイエズス会排除に乗り出し、イエズス会は撤退した。
遺跡のパンフレットには「共同生活はとても平和で成功していた」という趣旨の事が書かれているけど、
イエズス会の撤退後の事は特に記されていない。
今はひと気がない廃墟で、外部によって翻弄されたグアラニー族の人々がどのような気持ちだったのか想いをめぐらす。

グアラニー族について少し調べてみると、敵対する部族を人食したり、酷い飲酒の習慣もあったようで、ただただ外部によって翻弄されたかわいそうな人達ではなかったようだ。
パラグアイではグアラニー語は公用語の1つだし、通貨単位もグアラニー。
人々が一日中飲んでいるテレレと呼ばれる冷たいマテ茶ももともとはグアラニー文化に由来すると言われる。
ウィキペディアによると「グアラニー語でグアラニー魂を表現したものがパラグアイ文学であるとされる」そうで、パラグアイの人々は、グアラニー文化を誇りに思っているように感じられる。
伝道所が農業等の発展に果たした役割は大きいだろうけど、
ヨーロッパ文化がグアラニー文化や伝統を消し去ることがなくてよかったと思う。

ピラポ日本人会

トリニダー遺跡の次は、バスで日本人移住地「ピラポ」へ。
この町で日系人の方に会って印象深かったと旅人から聞いていたのだ。
ピラポへの直通バスはないので、シウダーデルエステ行きのバスを途中で降り、タクシーで日本人会前へ。
門をくぐり、奥の事務所の受付を訪ねると、そこは日本の公民館のようになっており、
表示は日本語、日本語が普通に通じる。
受付の奥から次々に人が現れ、声をかけてくださるので、移住の歴史に興味があると伝えるが、
残念ながら今日は大きな会議が入っており、案内できる人がいないとの事。
「申し訳ないけど、資料室でも見ていって」と建物の2階にある資料室に案内してくださった。
突然アポなしで訪問した私達の方が申し訳ない。

ピラポ日本人会 資料室

資料室には移住にまつわる写真、新聞記事、農耕具、着物、レコード、
日本から持ってきたものなどが展示され、移民の方々の歴史に触れることができる。

パラグアイへの日本人の海外移住は、ハワイ、ペルー、ブラジルに続き、1936年に始まった。
今でこそ「勤勉で誠実である」という高い評価を受けている日系人だが、
移住当初は大変困難な状況だったようだ。
移住早々に南京虫に襲われたり、バッタの大群の来襲に大打撃を受けたり、
大戦下では敵性外国人とされ収容地に移動させられたり、
コーヒー農園の奴隷に代る労働力とされたり。
それまでの苦労の経験を生かし、入植前に道路建築や収容設備を整備し、
1960年から入植を開始したのがアルトパラナ(現在のピラポ移住地)だそうだ。
入植時に基盤は整っていたものの、原生林の中に位置していたため、
その歴史も容易なものではなかったそう。

1960年の入植当時の宣誓書には
「パラグアイ国国家の繁栄に寄与せんとして日本民族の誇りと確固不動の信念を持って」
移住してきたと記されている。
資料館で古びた着物、日本に住む友人達から送られてきた激励の日の丸、
共同体意識を作り上げるための各種イベントの写真などを見ながら、
離れているからこそ強まる愛国心をひしひしと感じた。

資料館のある建物を出て敷地内を見渡すと、日本語学校、運動場、相撲場などがあった。
どの施設もとても丁寧に管理されてきたようで、整然としている。

敷地の外に出ると、通りかかった日系人のご家族が
この辺りの農家の人々が作った作物や日本食材を扱う農協があると教えてくださったので行ってみた。
農協内にも何人かの日系人の方が働いておられ、
旅行者である事を告げると「クリームパンがあるのよ」と持ってきて下さった。

クリームパンと今川焼き

帰りのバスを待つ間、日本を出発して以来のクリームパンと今川焼きをいただく。
異国の大地でたくましく生きる人々を知り、なんだか心の中がぽかぽかしていた。

ありさ

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