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[40カ国目 グルジア]メスティア

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復讐の塔の村メスティア

ズグディディの宿を朝7時に出し、バス乗り場へ。
山道を約3時間、到着したメスティア村は、
道路やら建物やらが建設ラッシュのようで、そこかしこで工事をしていた。
しかも建築中の建物が、この田舎町にまったくもって似合わない近代的建築。
リゾート地を目指しているのだろうなと政治的なものが伺える。

事前に調べていた宿「ニノの家」は満室との事で、別の家に案内される。
案内された家は、普段は旅人の受け入れをしていないらしく、
戸惑った表情で部屋を紹介される。
その部屋が明らかに工事中の別棟にあったのと、
家族の方々が私達ではなく、私達の荷物を凝視していたのが怖くなり、
せっかく案内してもらって悪いけどと断った。
あの時の荷物を凝視する眼は、忘れられない。
旧ソ連圏に初めて足を踏み入れ、なんとなく陰気で侘びしい悲壮感漂う雰囲気に上手く馴染めない。

断ったのはいいものの、小さな村にホテルらしい建物は見当たらず、
見渡す限り民家が並ぶ風景にしばし途方に暮れる。
探すしかないので、あたりを歩いてみたら、やっと宿が見つかった。
KOKA HOSTELという名前のその宿は、清潔で、宿の方もとても親切そう。
色々疲れたので、昼寝をしてから村を散策。

メスティア村

メスティア村の最大の特徴は、各家に石造りの塔があること。
メスティアが属するスワネティ地域には、昔「血の掟」という風習があり、
家族が侮辱されたり傷つけられた時には、相手の家族に必ず復讐するという掟があったそう。
相手の復讐から防衛できるように、家に隣接して籠城用の塔を造ったという。
恐ろしい…。

メスティアの塔

ある一軒で、塔の中を見せていただくと、
中からはしごで上の階に登れるようになっている。
「血の掟」を知らなかったら、貯蔵庫かな?と思うような造り。

ただ、塔の最上部は窓のようになっていて、辺り一面を見渡せるようになっており、
城の見張り台を彷彿とさせる。
窓から見える穏やかな村の風景と、塔の役割が一致せず、不思議な感覚になる。

メスティア塔内部

宿に戻ると、美味しそうな夕食が用意されていた。
夕食時、隣のテーブルに座っていたイスラエル人グループは、
さらに山奥のウシュグリ村までトレッキングすると言っていた。
グルジアでトレッキングなんて、聞いた事がなかったので驚きだけど、
こののどかな山の風景を見ながら歩くのも楽しいだろうな。

ありさ

*2011年9月12日の旅日記です。
4年掛けて旅の日記を仕上げていきます。もうしばらくお付き合いを!
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グルジア大統領来訪

メスティア散策

隣の村まで散策してみる。
のどかな田舎道を牛も散策。
「気持ちいいね~」と言いながら歩いていると、
後ろから車で尾行されているような気がする。
数メートルに何人か警官も立っている。
というのも、今日はメスティアにグルジア大統領が来るらしいのだ。
メスティアと逆方向に歩くアジア人2人は確かに怪しかったかもしれない。
かなり歩いているうち、いつの間にか尾行車はいなくなっていた。

メスティア

隣村にも、復讐の塔が建っていた。
トウモロコシ畑や小学校を眺め、家々の間を散策。
隣村のかなり奥まったところに軍の部隊が控えていたのにはさすがにびっくりした。
そんな厳重警備が必要な大イベントなのだろうか。大統領の警護は大変だ。

ミヘイル・サアカシュヴィリ大統領

メスティアに戻り、広場に行ってみるとすごい人だかり。
特に人が集まっている方を見てみると、なんと大統領が到着。
演説を始めた。
この写真を撮った瞬間、SPがゆーやんのところにぱっとやって来て、「Don't shoot!!」と言ったらしい。
よほど怪しかったのだろう。

グルジアの果物

大統領の演説が終わると、人々はまた移動。
なんと郷土料理が無料で振る舞われていた。
サングリア、串焼き、パン、果物など、私達も列に並んで食べてみた。

広場にはハンモックやソファが設置されていて、
いかにも「美しい公園」が演出されていた。

ふと気付くと広場前にあった建設中の建物が完成している。
メスティアに到着した時、あらゆるところで道や建物が工事中だつたのは、
大統領の訪問に備えての事だったのだと納得。

宿に戻り、夕食を食べてから、また広場に行くとコンサートをやっていた。
コンサートが終わると花火が打ち上がり、最後は夜空を灯籠が静かに舞った。

メスティアを含む上スヴァネティ地方は、3,000m〜5,000m級の山々が連なり、
グルジア政府は、スイスのツェルマッ卜のような観光の拠点となる街づくりを目指しているそうだ。
大統領の来訪がいつ決まったのか分からないけれど、
土壇場工事の間に合わせ感がすごいと思う。
大統領の予定も不確定だろうから、確実な来訪が決まってから工事を始めたのかな。

ありさ

*2011年9月13日の旅日記です。
2011年9月当時のグルジア大統領ミヘイル・サアカシュヴィリは、2013年に退任しています。
4年掛けて旅の日記を仕上げていきます。もうしばらくお付き合いを!
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ヒンカリとビール

朝5時に起きて広場へ。
乗り合いバスでズグディディへ向かう。
メスティアを6時に出発し、約3時間で到着。
荷物を預けていた宿に戻ってネットで情報集め。
昼過ぎに宿を出て町へ繰り出す。
駅で確認すると、首都のトビリシ行きの夜行列車は22時発。

それまで時間がたっぷりあるので、前回訪れたヒンカリ屋さんへ。
そもそも旅人達からグルジアのヒンカリとビールの美味しさを聞いていなかったら、
私達はグルジアには来ていなかったかもしれない。
それ位、餃子とビールに飢えていた(特にゆーやん)。

ヒンカリ

ヒンカリはただの餃子ではなく、グルジアの小籠包と呼ばれている程、肉汁がたつぷり。
小籠包よりも一回り大きめで、コリアンダーが入っているのが特徴だ。
私達が見つけたお店は、2軒隣り合ってのヒンカリ専門店で、
どのお客さんもひたすらビールと自家製のヒンカリを注文し続ける。

グルジアビール

「美味すぎる〜!」とホクホクしながら食べていると、
お店のお母さん達もなんだかとても嬉しそうで誇らしそう。
ヒンカリは、13世紀初頭にモンゴルがグルジアに侵略したときの置き土産だそうで、
モンゴルにもボーズと呼ばれる蒸し餃子のような料理があるらしい。
食べ物からアジア圏に近づいた事を実感する。

ありさ

*2011年9月14日の旅日記です。
4年掛けて旅の日記を仕上げていきます。もうしばらくお付き合いを!
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