DiaryTOP > [36カ国目 イスラエル]エルサレム

[36カ国目 イスラエル]エルサレム

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • Comments (Close): -
  • TrackBack (Close): -
  • Twitterでつぶやく
  • はてなブックマーク - スポンサーサイト


  • にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ

  • ↑↑↑↑ ブログランキング参加中。
    ☆1日1回クリックをお願いします☆

スタンプの行方 イスラエル入国審査

ヨルダン、アンマンからイスラエルへ。

遂に来てしまったイスラエルの入国審査の日。
パスポートにイスラエルの入出国スタンプを押されると、
イスラエルと敵対するアラブ数カ国
(アルジェリア、イラク、イエメン、サウジアラビア、シリア、スーダン、リビア、レバノン)
に入国拒否されるため、別紙へのスタンプをお願いしなければならない。
ところが、この審査官達がかなり手ごわいらしく、
質問攻めに遭ったり、何の連絡もないまま数時間待たされたりするらしい。

出発が遅いと入国審査にものすごく並ばなければいけない場合があると聞いて、
早朝に宿を出発し、キング・フセイン橋の国境へ。

ドキドキドキドキ。

イスラエルの入国審査室には、まだ誰も並んでいなかった。
スイスイと審査官のおじさんの前まで到達し、シリアに行きたいからノースタンプでお願いと申し出る。
その後は事前に調べていた通りのお決まりの質問を聞かれる。
「なぜ、ノースタンプなの?」「どこに泊まるの?」「どれくらい滞在するの?」など。
事前に用意していた答えをそつなく答えていると、ふいに予測外の質問が。

審査官:日本に帰国するチケットは持ってる?

私:(えっ?何だその質問??)
  持ってません。長い期間旅行しているので、まだ帰国日が決まってないんです。

審査官:どれくらい旅行しているの?

私は今まで旅した地域や旅の期間などを説明。
パスポートに各国のスタンプが押してあるので、ここで嘘をついても仕方がないと思ったのだ。
審査官は旅に興味津々で、いろんな事を聞いてくる。
ノリノリで会話を終了。
審査官は"Welcome to Israel!"と言いながら笑顔でパスポートと紙を返してくれた。
ふぅ~~~~~。
別紙にスタンプを押してくれたんだなと、胸をなでおろす。

後ろに並んでいたゆーやんが審査に進む。

審査官が、
「君もノースタンプがいいんだよね。
 彼女と一緒にシリアに行く予定なんだよね?」
とゆーやんに確認している声が聞こえる。
その間、なにげなく返してもらったパスポートを開いてみると…。

イスラエルスタンプ

んんんんん?これってヘブライ文字?

あわてて審査官に確認。
「これってイスラエルのスタンプじゃないんですか?」

審査官のおじさん、一瞬止まる。
空気も止まる。
そして、小さな一声。

「ソ、ソーリー…。」

がーーーーーーん。

話に夢中になってたからか、うっかりパスポートにスタンプを押してしまったらしい。
隣にいた審査官のお姉さんは呆れ顔でおじさんを見つめている。

がーーーーん。

とりあえず、ゆーやんのパスポートにはスタンプ押さないでと確認して、
ゆーやんは無事ノースタンプで乗り切った。
近日中にイスラエルと敵対関係にある国に行く予定はないのだけど、
この旅に出る前に10年パスポートを作ってきたばかりなので、この先スタンプはない方が安心。
でも、押されてしまったものは仕方がない。

今回、審査の全行程を通過するのに、約15分で終了。
予想以上に早い展開。
何時間も拘束されずに済んだからよかったのだと思おう。

今回の件をふまえて、
パスポートにスタンプを押されないために必要なのは、


運…!!!


こういう訳で、入国スタンプがあると他の国に入国拒否されるかもしれないという、
複雑な事情を持つ場所にやってきた。

明日からは、各宗教の聖なる場所を訪れてみたい。

ありさ

☆☆☆
イスラエルのスタンプ問題は、イスラエルという国の成り立ちに起因します。
非常にざっくりと建国の歴史を振り返ってみたので、興味のある方は続きをご覧下さい~。

Continue reading

  • Comments: 4
  • TrackBack: 0
  • Twitterでつぶやく
  • はてなブックマーク - スタンプの行方 イスラエル入国審査


  • にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ

  • ↑↑↑↑ ブログランキング参加中。
    ☆1日1回クリックをお願いします☆

嘆きの壁を前にして

ここエルサレムの旧市街には、有名な場所がある。

「嘆きの壁」

嘆きの壁

よく映像として目にしていたので、知ってはいたけれど、
そこが一体どういう場所なのか、いまいち理解していなかった。

ユダヤ人の歴史は、エルサレムの歴史でもある。
前日の日記の追記でエルサレムの成り立ちを記したように、
長い年月の間、ユダヤ人は迫害され続け、ようやくかつての王国があったこの地を手に入れた。
そこが、聖地であるエルサレム。

嘆きの壁とは、以前(といっても紀元前20年まで遡る)、建てられたヘロデ神殿の外壁である。

現在この地は「神殿の丘」と呼ばれ、イスラム教の岩のドームが建てられている。
岩のドームは、この壁の向こう側のすぐ近くに聳え立っている。
ユダヤの嘆きの壁とイスラムの敷地がここまで近いとは思ってもいなかった。

神殿の丘は、イスラム教指導者による管理となっているため、
この敷地内でユダヤ人やキリスト教徒は宗教的な儀式を行うことを禁じられている。

そのため、ユダヤ人はその方角にあるかつての神殿の壁に「お祈り」をしているのだ。
「嘆いている」と言われているが、実際は敬虔なユダヤ教徒がこの壁に向かって、
神殿再建と救世主の来臨を祈っている。
ある旅行者が、「ユダヤ人が嘆く場所」と呼んだことで「嘆きの壁」と言われるようになったとか。
祈っている人々を見ていると、涙を流しながらいつまでも立ち尽くす人もいる。
心からこの地を取り戻したいと願っている人がいるんだなと思い知らされる。

嘆きの壁

毎日のように世界中のユダヤ教徒がここを訪れ、
この壁に向かって手をつき、頭を置いて、祈っている。
そして、願いを書いた紙をこの壁の隙間に挟んで帰っていく。
ちょうど頭や手をあてる場所が黒ずんでいて、祈りの歴史を感じさせる。

礼拝は主に安息日(シャバット、金曜の日没から土曜の日没まで)に行なわれる。
その時には、多くの信者が壁に集まり、お祈りをする。
ユダヤ教の安息日には一切の労働が禁じられている。
すごいことに、ボタンを押して機械類を動かすことも労働とみなされるので、ダメ。
車の運転も禁じられているため、公共の交通機関もほぼ全て止まってしまう。

この壁は、男女で祈る場所が別れている。
女性は壁に向かって右。男性は左。
観光客でも女性の服装には特に厳しく、肌を露出しているとスカーフを巻くように言われる。
男性も帽子を被っていないとダメ。
入り口に置いてある布キッパを頭に付ければよい。
昼間は暑いせいか、あまり多くの信者を見かけない。
男性側にだけ、左奥に部屋があり、みんなそこのクーラーの効いた場所でお祈りをしている。
あれだけ暑そうな格好をしていれば、そりゃ暑いだろうなと思う。

ユダヤ教徒は、大きく超正統派、正統派、改革派の3つに分けられる。
超正統派、正統派は戒律に忠実な生活をし、
改革派は現代の生活に合わせているそうだ。

ユダヤ教徒

エルサレムで多く見られる黒い衣装の男性たちは、
超正統派の男性で、夏も冬も黒のスーツに黒のシルクハットをかぶり、
もみあげを切らず、髭も伸ばしている。
みんな同じ格好をしているのは、流浪の民となっていた時代の辛さを忘れないために、
世界中で同じ服を着ているのだそうだ。
彼らの民族精神の強さというものを改めて知らされる。

特徴的なもみあげや髭は、剃ってはならないという戒律のため伸ばしているとのこと。
小さい子供から大人までくるくる巻かれたもみあげは、世界中で見ても彼らだけの特徴で、興味深い。
異教徒が体毛を剃っていたから、それと区別するために残すことにしたのだろうか。
女性も例外的ではなくて、黒い衣装を纏い質素な格好をしている。

超正統派は、エルサレムの人口の約30%も占めている。
エルサレム旧市街内のユダヤ人地区を歩くと、ほぼ全員この特徴的なユダヤ教の格好をした人に出会う。
新市街のユダヤ人地区も同様で、同じエルサレムという街の中で複数の民族が地区毎に分かれて、
さらには各民族の特徴的な暮らしをしているのは、なんとも不思議な感じを受ける。
よく成り立つなと。

さらに驚くことに彼らは、働かなくてもよくて、国から援助が出ているらしい。
教典(トーラー)を読み、祈りに明け暮れる毎日。
子供たちは神学校(イエシバ)で勉強し、兵役を免除されている。

ユダヤの神学校

こうしてユダヤ教徒にだけ焦点を当ててこの国を見ても、
イスラエルは全く持って不思議だと思わざるを得ない。
あれだけ多くの正統派の人々が働いていないなんてどういうことなんだろうか。
どうやって国が成り立っているのかさえ、疑問に思ってしまう。

ゆーじ
  • Comments: 6
  • TrackBack: 0
  • Twitterでつぶやく
  • はてなブックマーク - 嘆きの壁を前にして


  • にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ

  • ↑↑↑↑ ブログランキング参加中。
    ☆1日1回クリックをお願いします☆

迫害の歴史を背に

エルサレムの新市街側に行ってみる。
少し郊外に
「ヤド・ヴァシェム」
というユダヤ人のホロコーストの犠牲者達を追悼するための記念館があるとのことで、行くことにした。

旧市街にあるバス停に行ってみると、
ここはアラブのバスだからここじゃないと言われる。
違うバスの種類に乗らないといけないらしい。

間違ったバス停は、東エルサレム(旧市街側)にあり、
1967年まではヨルダン管轄だったので、主にパレスチナ人が居住している。
ここでは交通機関などもパレスチナ人特有のアラブ・バスが運行されている。
ユダヤ教の祝祭日でも関係なく動いている。

つまり、ユダヤ人の街(新市街側)を行き来するには、イスラエルのバスに乗らないといけないわけである。
こういうこと自体が不思議だ。
今までのイメージでは、イスラエルは完全にユダヤ人の国であり、
一部にパレスチナ人の自治区があるものだと思っていた。
しかし、実際はエルサレムの中にもパレスチナ人の住む地域がいくつも点在している。
宿泊している「イブラヒム・ピースハウス」も、エルサレム内のパレスチナ人が住んでいる地域。
パレスチナ自治区との分離壁とは関係なく、ユダヤ人と同じ領域に住んでいるわけだ。

エルサレムの新市街は、旧市街とは全く別の洗練された都市だった。
人々はほとんどユダヤ人。
何か全く別の国に来たような感じを受ける。

イスラエルのバスに乗り、かなり山奥にある「ヤド・ヴェシェム」に到着。

新米の兵隊さん

館内は撮影禁止。
主に第二次大戦におけるナチスからの迫害をテーマにした記念館である。
はっきり言って、ここの内容は恐ろしい。
流浪の民として、ここまで迫害され続けるというのも驚きだけれど、
なぜ故にここまで嫌われることとなったのか、想像をする必要がある。

アウシュビッツの展示もあるが、それはごく一部のことなんだと思い知る。
(アウシュビッツを訪れた時の記事はこちらこちら)
いくつかの収容所で同じ様に殺戮されていた事実。
本当に恐ろしいと思う。
どこにも逃げ場の無いという恐ろしさ。
難民として受け入れた国はごくわずかだったらしい。

ここではもちろんユダヤ人から見た、忘れてはならない歴史が記されている。
でも、ここにくると何か憎悪のようなものが芽生えてきそうだ。
そうでなくて、もう二度とあってはならない歴史としても認識を植える記念館であってほしい。
それは広島・長崎と同じ様に。

館内にはイスラエルの徴兵されたばかりの若者たちが社会科見学のようにして訪れていた。
男女問わずかなりの人数で、まだ少年少女の面影が残る。
イスラエルには徴兵制度があり、満18歳で男子は3年、女子は1年9ヶ月の兵役に服さねばならない。
ちなみに、超正統派ユダヤ教徒、アラブ系イスラエル人(ユダヤ教徒でない人)は兵役が免除されている。

彼らは徴兵終了後、いくらかもらえるお金を基に世界中を旅する。
徴兵で溜まったうっぷんを晴らすべく、世界中ではじけているようだ。
旅人として見てきた彼らは、とてもマシンガンを持って警備に立っていたと思えないような人ばかりだ。
めちゃくちゃだけど、明るくて、いつも気前よく食べ物を分けてくれる。
そんな彼らも徴兵中は、いつ戦争が起きてもいい状況下に立たされていたのだ。
世界はどこかしこも緊張の基に成り立っているのだろうか?

銃を持って街を歩く

エルサレムの街では、マシンガンを持った人が行き来するのをよく目にする。
こういうのがまかり通る世界って普通じゃない。

ゆーじ
  • Comments: 4
  • TrackBack: 0
  • Twitterでつぶやく
  • はてなブックマーク - 迫害の歴史を背に


  • にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ

  • ↑↑↑↑ ブログランキング参加中。
    ☆1日1回クリックをお願いします☆

聖なるオリーブ山を歩いて

旧市街の東側にあり、エルサレム市街を一望できるオリーブ山を歩いてみた。
ここは、イエスが最後の夜を過ごし、弟子に説教を行った場所であり、
捕らえられる前に最後の祈りを捧げた場所と言われている。
また、死後復活し、40日間弟子の前に現れた後に昇天した場所でもあるそうだ。

イエスが昇天したことを記念して建てられた教会に行ってみると、
イエスの足跡とされるものが残っていた。
ほ、ほんもの?
この教会は、現在、イスラム教の管理下にある。
(ややこしいことに、隣がモスク。)

マグダラのマリアの教会とユダヤ人墓地

次に、イエスの復活を一番初めに見たマグダラのマリアの教会へ向かう。
ここは、現在ロシア正教の管理下にあり、建物の屋根にもタマネギ坊主が付いている。
(ロシアで訪れたタマネギ坊主の教会の記事はこちら
教会の中では、ロシアから来た親子がイコン(神や天使や聖人の画)に祈りを捧げていた。
ロシアからわざわざイスラエルまで巡礼に来るということが驚きだった。
そういえば、同じ宿の20代と思われる女の子達もロシアから巡礼に来ていると言っていた。

マリアの墓の教会

その後、山をさらに下り、主の泣かれた教会、マリアの墓の教会、
万国民の教会など、イエスゆかりの教会を巡った。
どの場所もキリスト教信者で溢れていて、
マリアの墓では順番待ちの列ができるほどだった。
キリスト教が、世界で最も信者数が多い(約20億人、33%、出典:ウィキペディア)宗教であることを考えれば納得できる。

エルサレムは、サンティアゴ・デ・コンポステーラ、バチカンと並ぶキリスト教3大巡礼地の一つ。
「巡礼」と言うと、なんとなく服もボロボロになりながら這うようにして聖地に向かうイメージがあるけれど、
ここではタンクトップに短パン姿の人もいて、観光地化していることに驚いた。
もちろん、中には熱心な巡礼者もいると思うのだけど
日本でパワースポットとして伊勢神宮が流行っているような感覚でここに来ている人も多いのかもしれないと思った。

オリーブ山から旧市街を望む

夕方、再びオリーブ山へ。
斜面にはユダヤ教徒の墓が広がっている。
オリーブ山は、ユダヤ教徒にとっても聖なる地。
最後の審判の日が訪れると救世主がオリーブ山に立ち、
谷を抜けて門から旧市街の神殿に入ると信じられている。
その時、そこですべての魂が蘇り、敬虔なユダヤ教徒だけが救世主に付き添って神殿に入ると信じられている。
そのため、旧市街を望むこの場所に墓地が作られているのだそうだ。

夕陽が聖なる地を照らしながら沈んでいく。
救世主が立つとされる場所、そこはその日を待ちわびる死者が眠る場所だった。

ありさ
  • Comments: 2
  • TrackBack: 0
  • Twitterでつぶやく
  • はてなブックマーク - 聖なるオリーブ山を歩いて


  • にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ

  • ↑↑↑↑ ブログランキング参加中。
    ☆1日1回クリックをお願いします☆

イエスの悲しみの道を歩く

ヴィア・ドロローサ

旧市街には、イエス・キリストが十字架を背負って歩いたとされる、
「悲しみの道(ヴィア・ドロローサ)」がある。
毎週金曜日、修道士と巡礼者が十字架を掲げながらこの道を歩き、
イエスの受難の足取りを辿っている。

イエスが死刑判決を受けた場所から始まり、
十字架の重みに耐えかねてつまづいた場所、
母マリアが十字架を背負ったイエスを見た場所などを経て、
最後にイエスがはりつけにされた聖墳墓教会まで。
行列をなしながら14箇所のポイント(ステーションと呼ばれる)を巡る。

終着地の聖墳墓教会は、エルサレムにおけるキリスト教徒最大の巡礼地。
この教会を最初に建てたのは、ローマのコンスタンティヌス皇帝の母ヘレナ。
326年、彼女はエルサレムを巡礼し、はりつけに使われた十字架と釘などを発見した。
それらを発見した場所に、彼女が中心となってこの教会を建てたとされている。
その十字架や釘などの手がかりも予測の域を出ないし、
十字架が建っていたとされる場所も本当は少し違う場所かもしれない。
でも、熱心に祈る巡礼者を見ていると、
「そこでその事があったと示すものがある」ということが重要なのであって、
場所の正確さはさして問題ではないのだろうと思わされる。

私は中高大学とキリスト教の学校に通い、聖書や賛美歌が身近にある環境にいた。
でも正直、ここに来るまで聖書の内容やイエスの存在は架空の物語のような気がしていた。
けれど、この教会でイエスの十字架が建てられていたとされる穴を触った時にはじめて、
「あぁ、イエスは実在し、イエスにまつわる物語は実際にあった事なのかもしれない」と思った。

もしかすると、私のように、目で見て触ってみないと信じられない人のためにこそ、
この教会は存在しているのかもしれない。

現在、この道の周りはアラブ人のお土産屋さんが並んでいる。
旧市街の街並みは、当時も今もさほど変わらないそうだ。
店が軒を連ねる人通りも多い場所を、
イエスは公衆の面前にさらされながら歩いていったと言われる。

普段も観光客が多い通りなのだけど、
特に金曜日の夕方は巡礼者で小道が埋め尽くされる。
ここに来るまで、イエスがはりつけにされたのは丘の上という事だけしか知らなかったので、
ひと気のない原っぱを歩かされたのだと勝手にイメージしていた。
こんな街中を歩かされたというのは驚きだった。

聖墳墓教会 イエスが聖油を塗られたとされる場所

昨日のオリーブ山の観光地っぽい雰囲気とは一転して、
今日、十字架を背負って悲しみの道を歩いていた人々や、
聖墳墓教会で祈りを捧げる人々からは近寄りがたいほどの信仰心を感じた。

聖墳墓教会 イエス像

自らは十字架を背負いながらも、
すべての人を許し、罪を洗い流したとされるイエス。
ここでは、多くの巡礼者がイエスの足跡を辿り、
イエスの傷みを分かち合おうとしていた。
人は、他者の痛みは直に感じられない。
想像することしかできない。
でも、それをできるのが人間なのだと教えられた気がする。

ありさ
  • Comments: 4
  • TrackBack: 0
  • Twitterでつぶやく
  • はてなブックマーク - イエスの悲しみの道を歩く


  • にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ

  • ↑↑↑↑ ブログランキング参加中。
    ☆1日1回クリックをお願いします☆

DiaryTOP > [36カ国目 イスラエル]エルサレム

Search
Meta
Feeds
MOON PHASE
CURRENT MOON
BLOGランキング
  • ↓応援クリックお願いします!
  • にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
  • 人気ブログランキングへ ブログランキング
RSSに登録
Share |

Page Top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。