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トルクメニスタンという国について

グルバングル・ベルディムハメドフ大統領
↑グルバングル・ベルディムハメドフ大統領
(トルクメニスタンの現大統領。顔はニヤゾフ元大統領と結構似ている)

今日は明日の移動に備えて休憩日。
宿で次の訪問国トルクメニスタンについて情報収集する。
独裁国家で報道規制も厳しいため、その内情はあまり知られていない。

ところが、2002年に亡くなったニヤゾフ元終身大統領が生み出した数々の政策を調べると、
興味がぐんぐん湧いてくる。
ニヤゾフ元終身大統領は、旅人の間では通称「バシュ様」と呼ばれている。
バシュとは「長」の意味で、
元大統領が「テュルクメンバシュ(トルクメン人の長)」を姓としていたからだ。

政策は独特で、首都以外での図書館・病院閉鎖、
親の面倒は子どもがみるべきなので年金廃止、
若者が髭を伸ばすのは見苦しいので禁止、
長髪も禁止、
金歯・喫煙は禁止、
良さが分からないのでオペラ・バレエ・サーカスの上映禁止、
口パクで歌を歌うことを禁止、
外国人がトルクメ女性と結婚する時は税金を払わせる、
大好きなメロンを記念した祝日を制定、
インターネット禁止、
外国の新聞と雑誌の輸入禁止、などなど、
数々のおかしな伝説を生み出した。

やりたい放題の大統領がいた国。
新大統領になって、一部の政策は緩和されたというけど、国の雰囲気はどんなだろう。

ありさ

*2011年10月4日の旅日記です。
4年掛けて旅の日記を仕上げていきます。もうしばらくお付き合いを!

エマーム・レザー廟の巡礼者と熱気

バスでマシュハドへ。
ヤズドから15時間、朝8時に到着。
バスを乗り継ぎ、一旦宿に荷物を置いてトルクメニスタン領事館へ。
テヘランで申請したトランジットビザを受領するためだ。
10時ごろに到着したとろ、
今日は旅行会社用の日で個人は受け付けていないと追い返される。
近所のチャイハネ行って時間をつぶし、
11時半にもう一度訪れ、全ての旅行会社が終わったのを見て、受領を再度お願いする。
すると、今度はあっさりOKで無事受領できた。

チャドルを着た女性
↑チャドルを着た女性

昼食後宿で休憩し、宿で全身を覆うチャドルを借り、
夜、エマーム・レザー廟へ向かう。
この廟は、イスラム教シーア派の第8代エマーム(指導者)であるエマーム・レザーのお墓だ。
彼は当時の圧政者によって毒殺されたと言われ、
「マシュハド」という地名も「殉教地」という意味がある。
廟にはモスクが併設されており、巡礼に訪れる人が絶えない。
廟に入るには服装チェックが厳しく、女性はチャドルを着用しなければならず、男性も短パンはNG。
撮影は禁止されているので、カメラは入口で預ける。

エマーム・レザー廟

男女別の服装、持ち物チェックを終え、中に入るとびっくりする程の人混み。
そして、外からは想像できないくらい敷地は広大だった。
そこかしこに人がいるが、特にすごいのがレザー廟。
豪華な装飾が明らかに他の建物と異なるキラキラの建物には、
男女別の長い行列ができている。
押し合いへし合い状態で少しずつ前に進む。
棺を囲む格子の前に到着すると、感極まった人々が泣いたり、歓喜したりしながら格子に手を触れようと必死だ。
係員が人の流れを止めないように動くよう指示すると、人々は惜しむようにその場を後にしていく。
ただただ熱気に圧倒されるばかりだった。

エマーム・レザーの殉教日には、数百万人の巡礼者が国内外から集まるという。
普段からこの人混みだから、その日は想像を絶する光景なのだろう。
巡礼はした事がないけど、今日の熱気を目にして、
そこまで強く崇拝するものがある事を少しうらやましく感じた。

ありさ

*2011年10月3日の旅日記です。
4年掛けて旅の日記を仕上げていきます。もうしばらくお付き合いを!

イラン人の親切さに触れて

アミール・チャフマーク・タキーイェ

お昼ご飯を食べに、アミ―ル・チャグマーグのタキーイェへ。
モスクと商店の複合施設のようだけど、あまり商店はやっていなかった。
その中でも焼き鳥屋さんがあつたので入ってみた。
身振り手振りでなんとかオーダー。
お店の人がとても親切であったかい気持ちになる。

水タバコを吸う男性

ヤズドにて

ヤズドにて

エマーム広場前にて

イランに来る前から、イラン人は親切と聞いていたけど、
実際に私達も多くの親切に出会った。
タクシー代を交渉していると代わりに払ってくれたり、見ず知らずの人が宿まで運転してくれたり。

イスラムの教えで旅人に親切にというものがあるらしいけれど、
この親切さはそれだけが原動力ではない気がする。
他者に自然に親切にできる、心の余裕があるのかもしれない。

イランで多くの親切に触れ、私達も旅の親切を人生でちょっとずつ返していきたいと思った。

市内バスを乗り継いでバスターミナルへ。
夕方5時過ぎに高速バスでマシュハドに向けて出発した。

ありさ

*2011年10月2日の旅日記です。
4年掛けて旅の日記を仕上げていきます。もうしばらくお付き合いを!

砂漠の街ヤズド

ハンマムを改装したチャイハネ

午前中は、次の訪問国トルクメニスタンの情報収集をし、昼食へ。
ハンマム(公衆浴場)を改装したチャイハネへ向かう。

ハマームエ・カーン

タイル使いが美しく、足を踏み入れた瞬間からテンションが上がる。
お風呂屋さんは、裸の付き合いをする特殊な社交の場。
どれほどの人がここでどんな時間を過ごしたんだろうと想いながら、その独特の空間を味わう。

ヤズドの町並み

昼食後はヤズドの街を散策する。
砂漠の街ヤズドは、厳しい自然条件の中で快適に過ごすために建築が発展した街だ。

PA015164.jpg

趣のある土壁の小道を歩いていると、家の角にタワーのような柱が建っている。
これは、風を取り入れるための採風塔で、
ここから入った風が建物内部の貯水槽に当たり、冷風を建物内に循環させる
自然のクーラーの役目を果たしているそうだ。

ヤズドのドアノッカー

左右で異なるドアノッカーを付ける事で、
訪問客が男性か女性か音で見分けられるようになっている。
右の女性用の方が高い音が鳴るそうだ。

ヤズド建築が顕著に表れているという、昔の邸宅ラリーハ邸を見学。
ツアー形式なのか、ガイドのおじさんが細部まで説明してくれる。
飲料・生活用水の確保のため不可欠だった地下水路、
冷蔵庫代わりの氷保存部屋、日干し煉瓦の壁。
砂漠の街ならではの工夫が随所に見られた。

ヤズドのは、商店も少なく、人もまばらで、田舎町といった雰囲気。
優しい色合いの黄土色の土壁のせいか、
街を歩くと心がゆったりとほぐれ、時の流れがゆるやかになる。

ありさ

*2011年10月1日の旅日記です。
4年掛けて旅の日記を仕上げていきます。もうしばらくお付き合いを!

ステンドグラスのピンクモスク

ローズ色のタイルの入り口

朝、ステンドグラスで有名な
マスジェデ・ナスィーロル・モスクへ。
ピンクのタイルが多用されていることから、「ピンクモスク」とも呼ばれている。

マスジェデ・ナスィーロルモスク

綿密に織り込まれた絨毯にステンドグラスを通して朝の光が写り、
なんとも言えない美しい空間を創り出していた。

ステンドガラスを通して

日が高くなると、光もどんどん短くなってしまうので、この奇跡は早朝にしか見られない。
朝早く出発したつもりだったけど、もう少し早く来たら、長い光線を見られたかもしれない。

カーペットに写るステンドグラスの光

キリスト教の教会でステンドグラスが使われているのはよく目にするけど、
イスラム教のモスクでカーペットとステンドグラスの光が融合する様を見るのは初めてだ。
刻一刻と姿を変えるその儚さがまた美しさを助長させる。
このモスクは、訪れる人もまばらで、モスク内は静まり返っていた。
静寂の中、光の織り成す造詣に心行くまで見入った。

モスクを出ると、一旦宿に戻ってゆっくりしてからバスターミナルへ。
6時間の予定が7時間以上かかって次の目的地ヤズドに到着。
夜行にすればよかったかも。
しかもターミナルがかなり遠いところに変更になっていて途方に暮れる。
タクシーがしつこく声をかけてくるけど、信用できそうにないので断ったものの、
閑散としたターミナルには他に誰もいない。
困っていると、通りすがりの方が親切にも宿まで連れて行ってくれた。

ヤズドの街は、田舎街という佇まいで、灰色の土壁が印象的。
目指していた宿は満室だったので、隣の宿へ。
テヘランで一緒の宿だった前田さんとたかし君に再会できた。

ありさ

*2011年9月30日の旅日記です。
4年掛けて旅の日記を仕上げていきます。もうしばらくお付き合いを!

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